雪見御所の中へと入っていった一行だが、中はすでにもぬけの殻だった。
平家を率いる還内府が雪見御所のある福原を捨てる覚悟を決めたのだろうと、弁慶は言っていた。
そして、や望美達の前に突如出現した大量の怨霊が──いわゆる逃げるための囮だったという寸法だ。

つまり、結果として源氏の勝ち──というわけだった。

一行は西の生田から攻めている景時の部隊と合流するため、御所を抑えるのに必要な兵だけを残して景時の援軍に向かう事となった。
望美とは、御所を任されて。









雲の通ひ路 第十七話









平家の軍のほとんどは大輪田泊(おおわだのとまり)から沖へと逃げていった。
この戦は、源氏の勝利に終わったのだ。
そして、源氏の者たちはといえば──

平家が逃げた後の港に集まり、勝利を祝っていた。



よかった……ちゃんと、みんなを守れたんだ、私



無事に、元気に勝利に酔いしれる源氏の兵士たちを見て、はホッとしていた。
もちろん、中には命を落としてしまった人だっている。
それでも、より身近な人たちだけでも守れたのは良かったと思えた。

そう思わなければ、どれだけ悲しんでも悲しみきれない。

何より、身近な人以外への悲しみというものは──思いのほか感情が鈍く反応しない。


殿」


「はい?」


突如掛けられた声に、は間の抜けた声を上げ振り向いた。
そこには、見た事のある──けれど話した事のない青年が佇んでいた。
綺麗な鴇色鼠(ときいろねず)の肩口まである髪に、金赤の瞳の目立つ美青年だった。


「あの、このたびはお力添えありがとうございました」


「え?あ……いえ、それなら望美の──白龍の神子の方が」


「いえ!私はあなたに助けられたんです!」


お礼を言われた事に不思議に首を傾げたは、続けられた青年の言葉に今度は逆に首を傾げた。



助けたって……私、助けた覚えなんて全然……



殿は、怨霊との戦いに夢中でしたから、多分気付いていなかったと思います」


「え?」


思いを見抜かれているような彼の言葉に、は目を丸くした。


「私は、殿に怨霊から助けてもらったんです」


「……あ」


言われて、ふと思い出した光景。
あの時は確かに無我夢中で、怨霊と戦っていた。


「もしかして……」


言って、はあの時の事を振り返った。










「くっ……そっ」


青年が、剣の柄を握り締め必死に怨霊の攻撃を剣で交わしていた。
けれど、それだって完全ではなく──徐々に押されてきていた。

殺されたくない思いと、早く楽になりたい思いが交差する。

そうすれば、次第に攻撃を交わす剣の手も緩くなってきてしまう。


「キシャアアアアアアア!!!」


「うっ」


「どいて!!!」


襲いかかる怨霊。
カランカランと音を立てて剣を落とし、怨霊を真ん丸な瞳で見つめる青年。
そして、そんな青年の元へ掛ける


「でやあああぁぁっぁぁぁぁ!!」


掛け声と同時に、は破魂刀で怨霊に切り込んだ。
破魂刀という技を発動した状態の──黄金に輝く刀身での攻撃で。

すると、怨霊に痛手を負わせることができ──同時に、怨霊はサラサラと流れるように封印された。








「あの時の……」


「はい!だから、あなたにお礼を言いたかったんです、殿」


両手をぐっと握り締め、キラキラとした瞳で見つめる青年。
美青年だからか、その瞳にドキドキと心臓が高鳴る。


「そんなお礼なんて……私だって、まだまだだし……」


「ですが!!」


「なら、あなたの名前を教えて?それで、友達になろう?友達なら、私があなたを助ける理由に意味なんてないし」


お礼を言われ続けるのは、少し心に響く。
そんな大層な事をしていたわけじゃないのに、と。
だから、だったら友達になれば──という安易な考えだった。


「そんな、私があなたと友達になんて……」


「私がそう言ってるんだから、いいの!それに、その口調も言い方もやめてね?
 もっと砕けた感じでいいから その方が、私も気疲れしないし」


苦笑を浮かべ、いいね?と彼をじっと見つめた。
見た感じ、より彼の方が歳は上そうなのに『殿』を付けられたり敬語だったりするのは気疲れするのだ。


「……俺は基幸だ、


一瞬だけ困ったような、仕方ないなというような表情を浮かべてから、基幸は名乗りを上げた。
その表情は人懐っこいような笑みだった。


「じゃ、これからよろしくね!基幸!」


「おう!」


差し出された手を、基幸はパシッと握り返して笑った。
先ほどのような堅苦しい感じは一切なく、本当に元来からの友達のように接してくれた。


「いつも、基幸は何してるの?」


「俺は、たいがいは仕事だな で、戦があればこうやって駆り出されるわけだ」


笑いながら、の問いに答えた。


「あんたは?」


「私?私は、大概は景時さんの家にお邪魔してるかな?
 たまーにお手伝いしたり、鍛錬したりとかしてる感じだと思う」


「景時殿の家に!?あんた、すげぇな!」


問いかけたのは基幸なのに、の答えに盛大に驚いていた。
まさか、そういう答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。

だが、そういう答えが来るなんてきっと誰も予想しないだろう。
あの梶原景時の家に──なのだから。


「たまに来れば?譲が美味しい夕餉(ゆうげ)を作ってくれるから、ぜひ食べてもらいたいな
 あと、鍛錬の相手にもなってもらえると嬉しいかも
 結構みんな、忙しい人ばかりだからね」


肩をすくめながら、夕食への誘いと鍛錬への誘いをした。
どちらも本心だし、どちらもぜひ承諾してもらいたい思いがにはあった。


「譲……?ああ、あの那須与一殿に弟子入りしたやつだな?」


「うん 凄い料理が上手で、めっちゃ美味しいんだよ〜」


「へえ……じゃあ、暇を見て行ってみるかな
 そしたら、あんたとも手合わせしてやれるしな」


「ほんと!?」


基幸の言葉に、はとても嬉しそうな声を上げた。
ここで初めて知り合いになったというのに、ここまで仲良くなれたのはの性格と基幸の性格のせいかもしれない。
どちらも、来るものを拒まないような……すぐに輪に溶け込めるような、そんな性格なのかもしれない。


「ああ、俺は嘘はつかねーって」


「じゃあ、約束だよ!」


「ああ」


その言葉に、は満足そうな笑顔を浮かべた。
そして、そんなの笑顔に基幸も釣られるように微笑んだ。


「俺、あんたみたいな奴は好きかもしれねーな」


「へ?」


「あ!変な意味じゃないぜ?ただ、上下関係なく気さくに──なんてなかなかな
 だから、友達にって言ってくれた時は嬉しかったんだぜ?」


こういう時代、上下関係をきちんとするのは決まりのような感じだった。
上を立てて、下の者は地べたで頑張る。
けれど、そんなものに当てはまらないのは現代から来た者──望美や譲や将臣、そしてだった。

基幸だって、この時代の生まれなのだから上下関係は重んじるが──だからと言って、それにこだわる性格でもなかった。
だからこそ、の言葉にすぐに承諾を出し砕けた口調で話しかけてくれているのだ。


「ああ、そういう事か」


顔を赤くして、けれど嬉しそうに微笑んだ。


「……っと、長話しちゃったな」


「え?」


、今日が初陣らしいじゃん なら、少しは休まないと体力持たないぜ?
 この後は帰るんだからな」


その言葉で、もはっと思いだした。
ここへ来たのと同様に、今度は疲れた身体で帰らなきゃいけないのだ。
話すのもいいが、きちんと身体を休めないと置いていかれてしまう。


「うん……そうだね そろそろ休ませてもらおうかな」


言って、は基幸と分かれた。
軽く手を振り、みんなの居る場所へと向かう。
望美が居ない事が少しだけ気がかりだったが、眠気が襲い──はそのまま休むことになった。







to be continued................






鴇色鼠(ときいろねず)は、金赤はです。

さて、戦終わってすぐの話で──ちょっとした事を五章でやりたくてオリジナルキャラクターを登場させてしまいました。
次の四章でも出てくるキャラクターなので、今後要注意人物です(笑)
そして、いよいよ十六夜記ストーリーへと入っていきますよーう(*^^)v






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