「あーつーいー……」


京邸の縁側に横になり、は小さくぼやいていた。
季節は夏。
現代と違いクーラーなどの涼しい機械などなく、体力を奪っていた。
もちろん、現代と比べれば格段に涼しめな夏である事には変わりないのだけれど。


、いるかしら?」


「あ、朔ー?どうしたの?」


寝そべったまま、縁側に訪れた朔を見上げて首を傾げた。


「あなたにお客さまよ」


「私に?」









雲の通ひ路 第十八話









誰だろ……私にお客さんなんて
この世界じゃ、仲のいい友達なんているわけないし……



首を傾げながら、誰だろう誰だろうと思考する
その足取りは次第に京邸の玄関へとおもむき──の視線にとある人物の姿が留まる。


「……あ」


「よっ 久しぶりだな」


軽く手を上げて軽い挨拶を返してくれるのは、三草山での戦いで知り合った基幸だった。


「どうしたの?びっくりしたよ」


目を丸く見開いて、突然の来訪に驚きを示した。
けれどずっと玄関で立ち話をするのも──と思い。


「どこか行く?一応、ここ私の家じゃないから勝手に上げるわけにもいかないだろうし……」


「あら、どこかへ行くの?別に上がってもらっても構わないわよ?」


そんな話をしていたと基幸の元に、朔が苦笑しながら現れた。
二人分の冷茶をお盆に乗せて。


「せっかく、お茶も入った事だし……ね?」


「……じゃあ、お言葉に甘えて 基幸、入って入って〜」


朔の気遣いに少し考えてから、は微笑んだ。
それから基幸を手招きして、朔達に借りた自室へと歩みを向けた。


「あんた、景時殿の家にお邪魔したりって言ってたけど……の住んでる家ってのはどこなんだ?」


「え?あ、そっか!話してなかったよね」


基幸の言葉に一瞬は何の事か分からなかった。
けれど、それはが景時の家に"置いてもらっている"という事を前提として考えていたから。
そういう事を知らなければ、お邪魔してると言えば遊びに行ってると考えても仕方のない事だ。


「ああ だから、あんたに会うにはここに来るしかねぇと思ってさ」


「ごめんごめん あのね、私、ここに置いてもらってるんだ
 だから──まあ、本当にここにお邪魔してるというか御厄介になってるというか……」


あはは、と苦笑を浮かべながらは説明をした。
その言葉一つ一つに相槌を打ちながら、基幸は話をきちんと聞き入れ「なるほど」と納得してくれた。


「ま、あんたがここにいるって分かったんなら、それで十分だ」


「……聞かないの?なんでここに置いてもらってるのかって」


それ以上の事を聞こうとしない基幸に、は首を傾げた。
普通なら、きっと気になってしまう事だろうから。


「気になる事は気になるけど、言わないって事は話そうって思ってないって事だろ?
 なら、俺からは聞かない」



そんなんで……いいの?



の率直な意見はそれだった。
そんなあっさりと、聞かないって決められるほど気になってないのかと。


「……別に、話そうと思ってないってわけじゃないけど
 その、信じられるような話じゃないから……」


「信じられるような話じゃないって?」


「あの……私、この世界から来たんじゃないんだ 望美と同じように、この世界に召喚されたんだ」


望美の事は、きっと総大将である九郎から聞いているだろう。
はたして、の事まで話しているかどうかは分からないけれど。


「ああ そういえば、聞いた事があったかもしれねぇな」


「そういえばって」


「だって、戦とか命に関わるような話じゃないだろ?だから、あまり気にして聞いてなかった」


基幸の言葉に、は目を丸くした。
そして、ふっと笑ってしまった。



そっか
この人たちも、私と同じ普通の人なんだ
兵士だとか、戦をしてるとか、そんなの関係なく……こういう人間らしい部分だって持ってる



どんな話でも、総大将などの話には耳を傾けているかと思っていた。
けれどそうじゃなかった。
学校の朝礼などで、別段気に止めなくてもいいような先生の話を聞き流すように、兵士たちもそうしていた。

同じ、血の通う人間。

聞き流し、時に真剣に耳を傾け、人を殺しもし、そして恐怖する。


「なんで笑うんだよ?」


「ん?同じだなぁ〜って思っただけだよ っと、ここが借りてる私の部屋なんだ」


到着した部屋の中に基幸を通しながら、は苦笑した。


 これ、二人で食べて頂戴?」


「ありがとう、朔」


「ありがとうございます、梶原殿の妹君」


「いいえ それじゃ、ごゆっくり」


にっこりと微笑み、朔はパタンと戸を閉めた。
朔から預かったお茶とお菓子を床に置き、二人はそれを中心に座った。


「でも……」


「ん?」


「こうやってさ、こっちの世界の人と仲良くなれるなんて最初は思わなかったな」


お茶を基幸に差し出し、残った方のお茶を飲む
冷たいお茶が熱い身体をいい具合に冷やしてくれる。


「ああ 俺も、違う世界の人と仲良くなれるとは全然思わなかった
 なにより、同じ隊に属しながらも上下関係とか関係なく築けるなんて思いもしなかったからな」


「そっか こっちは上下関係とかに煩いんだったよね」


すっかり忘れていた昔の上下関係。
確かにの世界も厳しいけれど、きっとこの時代よりかは厳しくはないはずだ。
本当にそうなのかなんて、実際問題何ともいえないのだろうけれど。


「私はまだ学生だから社会の事は分からないけどさ
 学校はね、ここまで上下関係に厳しくないんだよ」


「そうなんだ?へぇ〜、それはまた羨ましいもんだな」


「でしょ?まぁ、中には先輩だから後輩だからって煩い人もいるけど……
 基本、先輩も後輩も同列って感じかなぁ〜」


自分の学校の事を思い返しながら呟いた。
まあ、中には譲のような例外な人もいるのだろうが。


「でも、のいう社会は上下関係が厳しいかもしれないんだろ?」


基幸の問い掛けに、は何も言わずに頷いた。
多分……という予想でしかないけれど、外れていないはずだ。


「だとしたら、その学校の時から上下関係に関して厳しくしてた方がいいと思うんだけどな、俺は」


「あはは さすが、この時代の人なだけあるね」


基幸の言葉には苦笑した。
言っている事も理解できるし、言っている意味も分かる。

そういうニュースや番組を見た事もある。


「社会に出て上下関係がちゃんと出来なくて、いろいろ言われたりする事もあるみたいだから……
 本当なら、学校の時からそうした方がいいんだろうねぇ」


そう思うけれど、やはり今の楽さに甘えてしまっている部分はある。

まだ大丈夫。
自分達にはまだ先の事。
学校の時くらい、好き勝手に生きたい。

そんな思いが、達の時代から昔ならではの上下関係を遠ざけてしまっているのかもしれない。


「って、俺が口出すようなことじゃなかったな」


悪い、と基幸は後頭部をガシガシと掻きながら呟いた。


「あ、ううん いいよいいよ」


両手を前に突き出し、ぶんぶんと振って否定を示した。


「それより、お茶にお菓子、頂こう?」


「ああ、そうだな」


の指摘に、思い出したように笑って頷く基幸はゆっくりとお菓子に手を伸ばした。
この時代の和菓子にもだいぶ慣れたは、お茶を飲みながらそれを堪能した。


「ん〜、美味しいっ」


「ほんっと、美味いな!」


そうやって感想を口にして、顔を見合わせ二人は笑った。














「あら、ヒノエ殿 は今お友達といるから、用があるなら後にしてもらえるかしら?」


「……友達?」


に会いに来たヒノエだが、門前払いのように朔に苦笑しながら言われた。
けれど、望美と同じ世界から来た事を知っているヒノエは、この世界でに出来た友達という存在に首を傾げた。


「へぇ いつの間にか、そんな存在を作ったんだね」


面白い、と言わんばかりの表情を浮かべると。


「それは、ぜひ顔を拝んでおきたいものだね
 別に、乱入しちゃヤバイ逢引をしているわけじゃないんだろう?」


「ええ、まあ、そうだけれど……」


「なら、少しばかりお邪魔させてもらうよ」


そこまで言われてしまえば、朔も止める事が出来ない。
多分、ヒノエが乱入してもは咎めるという事をしないだろう。
その事を、朔もヒノエも分かっていた。











「あのさ、基幸 夏祭りとかってあるの?この時代にも」


「夏祭り?ああ、やってるぜ」


言われて首を傾げ、すぐに二カッと笑った。
の予想している夏祭りよりかは小さい祭りなのだけれど。


「まあ、夜にたくさん出店が出てパーっと騒ぐような感じだけどな」


大きな祭りというよりは、達の世界でいう小さな地域でやる祭りのような感じだった。
その言葉を聞き、子供のころを思い出す。


「いいなぁ〜 皆で行きたいな……」


「行けばいいだろ?梶原殿達と……きっと、あんたが言えば皆行ってくれるんじゃないか?」


「うーん……多分、行ってくれるとは思うけど」


基幸の言うとおり、多分皆で行く事は出来るはずだとも思った。
九郎辺りはぶつぶつと何かを言いそうだけれど、結局楽しみそうだ。

けれど、引っかかる点がないわけじゃない。


「けど?」


「みんな……仕事とか忙しいだろうし」


「でも、言わなきゃ分からないだろ?」


基幸の言う事も尤もだけれど、迷惑をかけたくないというのも本当。
まして、三草山の戦いの後でこの後もいろいろ大変な事が待っている時期だ。
戦だって終結したわけじゃない。


「そいつの言うとおりだと、オレは思うぜ?」


「ヒ、ヒノエくん!」


突然現れたヒノエの姿に、は入口に視線を向けて素っ頓狂な声を上げた。


「オレはが行きたいって言ってくれれば連れて行くぜ?」


「で、でも……」


「それとも、オレと行くのは嫌かな?」


「そういうわけじゃないけど……」


一緒に行ってくれることが嬉しくないわけじゃない。
嫌なはずがない。
ただ、やっぱりいいのかなと思ってしまうのだ。


「こいつもそう言ってくれてるんだ、皆を誘ってみろよ」


「オレも、こいつの意見に賛成だぜ?が聞きづらいってんなら、オレから皆に提案してもいいぜ?」


面識のない二人だからこそ、こうやって簡単に言い合えるのかもしれない。


「……今日の夕餉の時に、みんなに言ってみるよ」


「ああ そうした方がいいな」


を思って意見を言ってくれる二人には苦笑を浮かべ、決意をした。
その言葉に、基幸はニカッと微笑み。


「もしも、行ける事になったら……基幸も来るでしょ?」


「え?お、俺も?」


の誘いに基幸は驚いた。
まさか、そこに自分の名前が上がるなんて思わなかったのだ。


「うん だって、せっかく友達になったんだし……
 皆にも紹介というか、皆とも仲良くなってほしいし……?駄目かな?」


こればかりは、ぜひ!と無理強いすることが出来ない。
の仲間の中には、基幸の上司に当たる人だっているのだから。



やっぱり難しいかなぁ……



考え込む基幸を見て、はそんな事を思った。
その様子に基幸は一つ息を吐くと、苦笑を浮かべた。


「基幸?」


「仕方ねぇな いいぜ、の仲間が承諾してくれれば、俺も行く」


「あ、ありがと!!」


必死なに肩を竦め、承諾した基幸。
その承諾が嬉しかったのか、は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「ヒノエくんは行ってくれるんだったよね?」


「ああ 野郎と夏祭りなんて嫌だけど、もいるわけだしな」


「ヒノエくんってば、またそんなこと言って」


ヒノエの言葉には肩をすくめる。

前までだったらここで『望美がいるからでしょ?』と言っていたかもしれない。
でも、前に望美は神子としての興味を抱いているだけだと言っていた。
だから、はそれ以上を言えなかった。


「仲いいんだな、二人は もしかして、婚約してんのか?」


「……はっ!?」


「そう見えるかい?」


基幸の問い掛けに、は驚きの声を上げて目を丸く見開いた。
けれど、ヒノエは嬉しそうに楽しそうに微笑み問いかけた。


「ああ ……違ったのか?」


「ち、違う違う違う違う!ヒノエくんはただの友達だよ!?」


「そこまで否定されると悲しいね オレはお前に好意を抱いているよ?」


「興味じゃなかったの!?」


「違うね 三草山の戦いで、お前に魅力を感じた」


慌てると、平然といけしゃあしゃあと呟くヒノエ。
そんな二人を見て、基幸は苦笑した。
違うらしいが、ヒノエがに好意を抱いているのはもろ分かりだった。


「ほら、その辺にしてやってくれよ が困ってるだろ?」


「ああ、それは悪かったね でも、今言った事は本気だからな」


その言葉に、の顔が熱くなった。
好意──つまり、ヒノエはに対して慕わしい思いを持っているという事だ。



ヒ、ヒノエくんが……私、を?



考えもしなかった。
自分が誰かに好かれるなんて、は予想していなかった。


「えーっと……」


「さて、オレはそろそろ失礼させてもらうよ お邪魔して悪かったね」


その言葉と同時に、パタンと扉が閉まった。


「ビッ……ビックリしたー……」


ヒノエが居なくなったのを見計らい、はそんな事を呟いた。


は人気者なんだな」


「そ、そういうわけじゃないけど……それより、今日、本当にみんなに聞いてみるね!」


「ああ どうなったか、連絡よろしくな」


そう言ったあとに、基幸は住んでいる場所をに教えた。
そこに行けば、基幸に会えると。


「それじゃ、俺も今日はこの辺で」


「うん なんか、途中からバタバタしちゃってごめんね」


「いいっていいって」


の部屋を出て、玄関へ向かう二人。
途中で朔と廊下ですれ違い、基幸に軽く会釈をしていた。
そして、軽く手を振り合い基幸は家路に着いた。











to be continued....................






えーっと、熊野の話に入る前の間章って感じです。
ここで、基幸が八葉の皆と知り合っておけたらなぁ〜と思います。
で、ヒノたん(ぉぃ)がに対して恋慕を認めました(笑)
あとは、弁慶がへの思いを加速させれば……綺麗な三角関係が?(ぉぃ)
いや、基幸はどうなるだろ……今後に注目ですねw






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