夏祭り……
この世界でも、行けるのかもしれないと思うと……凄く、嬉しかった

たまには、こうして羽を伸ばすのも──必要、だよね

じゃなきゃ……やっていられない









雲の通ひ路 第十九話









「……で、皆で夏祭りに行きたいなぁ〜って思ったんですよ」


夕餉時。
は夏祭りの話を、全員にした。
その話に食いつくものがほとんどだったのだが……


「あー……夏祭りかぁ〜」


「景時さん?」


渋る景時の声に、は首を傾げた。
一体、何か引っかかるものでもあるのだろうかと……じっと見つめた。


「いやね、ちょっとオレさ〜、鎌倉に行かなくちゃいけないんだ〜」


「鎌倉に?」


「うん、そうなんだよね〜 だからさ、ちょっとオレは夏祭りには行けないんだ」


その言葉を聞いて、渋る理由がよく分かった。
行きたいという気持ちも、鎌倉に行かなきゃいけないという気持ちも。

板ばさみ──という状態なのだろう。


「残念だけど、オレ抜きで楽しんできてよ」


「いいんですか?」


「オレのせいで行けなくなる方が、肩身狭いしね〜」


景時の言う事も尤もだった。
他の人が気にしなくても、きっと景時本人は気にしてしまうだろう。
気にしなくていい、と言われていても──きっと。


 そんなに気にしなくていいのよ
 兄上もこう仰っている事だし……行きましょう?」


景時に言われても、未だうーんと渋る
その様子に朔は苦笑を浮かべた。


「そうだぜ、 景時もいいって言ってんだから、気にする事ないだろ」


「……うん ごめんなさい、景時さん」


「いいっていいって オレの分も楽しんできてよ〜」


ヒノエの促す言葉で、ようやくは頷いた。
それでも、申し訳なさは残っていて……

謝るに景時は苦笑して、手首から先をパタパタと振った。


「基幸殿には明日言いに行くのかしら?」


「うん、そのつもりー」


食事を進めながらも、朔の問い掛けには軽く返す。


「ついでに、神泉苑にも寄ってこようかなぁ〜と思っててね」


言って、またパクリと一口ご飯を口に運ぶ。
美味しいそれを食べただけで、表情はほころぶ。


「何か用事でもあるの?」


「んー、涼みに?」


箸を銜えたまま首を傾げる望美に、は笑いながら答えた。
暑いこの時期、水辺はきっと涼しいはずだ。

前は勝利祈願だったけれど。


「一人で大丈夫かい?」


「大丈夫大丈夫 そんなに遅くなるつもりはないし、神泉苑なら京邸からそんなに遠くないでしょ?」


心配するヒノエをよそに、はニッと微笑み余裕を示した。


「そういう問題ではないと思いますよ」


「どうしてですか?」


困ったような表情を浮かべる弁慶に、は首を傾げて疑問を口にした。
なぜ、そういう問題じゃないのかが理解できなかった。


「君が思っているほど、ここは安全じゃありません 怨霊だって出てくるかもしれません
 治安だって、良くない場所だってあります」


「それなら大丈夫ですって!封印だってできるようになったし、強くだってなりました」


「その自信が命取りになると、思いませんか?」


自信が付き始めたばかりは、それが命取りになる事もある。


「それを身をもって経験しませんでしたか?」


「──っ」


鋭い眼光を向け、呟く弁慶の言葉には息を飲んだ。
それは、結構前の事だったから忘れがちだったけれど、確かに一度。


「弁慶さん、心配し過ぎですよ
 日が暮れる前に帰ってくれば平気ですよね?九郎さん」


脅すような弁慶に苦笑を浮かべつつ、望美は九郎に問いかけた。
それは九郎の回答次第で、の助け船になる。


「そうだな 最近は怨霊も京の中まで出てきていないようだしな
 の剣の技量なら問題はないと思うが……一応は、お前は女だからな 気を付けろ」


「はい!」


九郎の言葉には嬉しそうに微笑んだ。
そんなに望美は同じように嬉しそうに微笑み「良かったね」と言う。


「まあ、九郎がそう言うのなら……仕方ないですね」


「しかし、弁慶がそこまで心配するとはな 珍しい」


「そうですか?」


箸を止めて驚く九郎に、弁慶は箸を止めずに首を傾げて問いかけた。
弁慶にしては普通な事を口にしたつもりだったからこそ、九郎のその反応が不思議だった。


「そうですよ 弁慶さんだったら心配するけど、そこまで言わない感じしますし」


「望美さんまで……一体僕はどんな印象を持たれているんですか?」


九郎に賛同する望美に苦笑を浮かべ、弁慶はようやく箸を止めた。
肩を竦め、眉をハの字に下げる。


「どんなって……今言った通りな感じだと思いますけど」


「でも、私はいつもの弁慶さんも好きな感じですよ〜?」


考えながらも答える望美に対し、はさらりと言ってのける。
その言葉に、一瞬その場の男子が固まるが──言っている意味が違うと分かれば苦笑する。

いきなりの爆弾発言ぽい言葉に、固まらずにはいられない──という事だろう。


っ」


「え、何?」


「何?じゃないよ、!そういう事は、本当に好きな人にだけ言わないと、誤解されちゃうよ?」


慌てる望美に何を言われるのかと思った
けれど、望美から出てきた言葉にはすぐに苦笑を浮かべた。

だって。


「好きって言っても、二つ意味あるでしょ?異性として好きって意味と、友達として好きって意味
 だから、別に普通に使ってもいいと思うんだけど……」


確かに、それも正論かもしれない。
いけしゃあしゃあと言い切るに、望美は溜め息を吐いた。
もう、何度同じ事を言っても同じ反応しか返ってこないのだ。


「まあ、いいじゃん?どっちにしろ好きって言われる事には変わりはないんだし
 オレは全然構わないぜ?


「──っ」


の意見に賛同してくれるヒノエ。
けれど、呟き向けてくるウインクには顔を赤くして視線を逸らしてしまう。

ヒノエの思いを知ってしまったからこそ、平然としていられない。


?どうかしたの?」


「う、ううんっ なんでもないっ」


心配する望美に、は懸命に笑顔を作り首を左右に振った。
けれど、その顔は真っ赤だ。



ヒノエくん、私に好きって言ってほしいんだっ



そうとしか取れなかった。
好意を寄せてくれると言っていたヒノエが、の発言に賛同してくれた。
それはつまり、そういう意味じゃなくても好きと言われる機会がなくなるのは嫌だから。

それが分かると、余計に恥ずかしくなるのだ。


「ヒノエくん、に何かしたの?」


「いや?オレは別に何もしてないぜ?」


訝しげに見つめる望美に、ヒノエはきょとんとした。
けれど、の顔の赤さは収まらない。


「ごめん、明日出かけるし、今日は早めに休ませてもらうね!」


「ちょ、!?」


慌てて立ち上がり、借りた自室に駆け出す
望美は目を丸くさせ、の背を見つめた。











「ほ、本当に冗談じゃなかったんだ……」


告白じみた事を言われた日の事を思い出していた。
友達として、はヒノエの事は好きだった。
けれど、それはライクでラブではない。


「……どうしよう こんな、人に好かれるなんて……初めてだし……」


悪い気はしない。
けれど、ヒノエの思いに答えられる自信なんてにはなかった。



どうしよう……あんな反応……
弁慶さん、なんて思った……



思ったかな、と思った
けれど、すぐにはたっと思い立ったように思考はストップした。



私、今なんて……



まるで、弁慶の事が好きだと言わんばかりの思考がの頭の中を通り過ぎようとしていた。
気にはなっているのは確かだけれど、好きだなんてには信じられなかった。


「うあああああ……ど、どうしよう……」


一度考え出してしまえば、思ってしまえば、簡単にその思いを払しょくすることは出来ない。


「い、今は寝よう!とりあえず寝よう!」


考えを止めるように、は布団を敷いて横になった。
これ以上考えて、墓穴を掘りたくはなかったのだ。



………………………眠れない



けれど、全然目がさえてしまい眠れなかった。


?寝ちゃった?」


その時、ちょうど部屋へ入ってきた望美。
近くに布団を引きながら背を向けたまま動かないに視線を下ろした。


?」


「……お、起きてる、よ?」


そう言葉を発するだけだったのに、心臓が弾けそうなほどにドキドキ言っていた。


「どうしたの?みんな心配してたよ?」


「う、うん……ほんとに、何でもないから」


どんなに心配してもらおうと、ヒノエに好意を寄せられている事や弁慶の事が気になる事なんて話せない。
だからこそ、は"何かある"という事が分かり切った表情で何でもないと言わなければならない。


「……がそう言うなら聞かないけど
 でも、何かあったら言ってね?私で良かったら聞くから」


「うん、ありがとう、望美」


追及されない事は、にとっては嬉しい事だった。
静まらない心臓を、これ以上煩くさせたくなかったから。


「それじゃ……ほんとに、寝るね」


「うん おやすみ」


そう言っても、なかなか寝れないものは慣れないのだけれど。
それでも、寝ようとすれば眠れるもので。



今は、考える事はよそう
考えたって何も出てこないし……答えなんて、見つかるわけないし……

墓穴、掘りたくないし……

きっと、考えるのは──もっとあと
今は……今は、まだ考えなくても……大丈夫



そんな事を意識が離れつつある頭で考えながら──は眠りについた。








to be continued....................




いよいよ次は基幸の元に祭りの報告をばって感じで。
ちょっとヒノエが出しゃばり過ぎていたので、弁慶さんを引っ張り出しました(笑)
そしたら、らしくなくなりました(爆)

で、ヒノエへの思いと弁慶さんへの思いに苦悩する(^^ゞ
これ、ヒノエルートにも弁慶ルートにも移れそうな話ですよね;






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