どれだけ流されただろうか。
は不思議な空間を流され、留まることなくどこかへと引っ張られていた。


「……意識が、遠のいて……く……」


その急激な流れに、意識は引っ張られる。
視界はぼやけ、見ているものが遠くにあるように見えた。
そして、ぐるぐると流れる世界が──一瞬にして黒く染まり。

落ちた。












雲の通ひ路 第二話












「……神子、誰か来る」


「え?」


白龍の言葉に、望美の意識がそれた。
前の時空では、ここでは望美が今いる八葉のみんなと力を合わせて怨霊を倒すはずだった。

その動揺に構えた剣先がかすかに下がる。
何度も繰り返した運命。
なのに、何かが違っていて。


「望美!!」


「ぁ……ッ!!」


九郎の声に小さく声を漏らし、ハッとした。
視線を前に戻すと、隙を突くように怨霊が錆びれた剣を振り上げていた。


「春日先輩!!!」


譲の悲痛な叫びが空を裂いた。
誰もが危ういと思った、その時だった。

ヒュッ

ドスッドスッ……


「……っ!?」


望美の目の前に降ってきたのは金の刃を持つ二刀の剣だった。
望美と怨霊の間に一線を引くように、まるで望美を守るように──剣は大地に突き立った。


「フシュゥゥゥゥ……」


声を漏らすも、怨霊は近づいてはこなかった。
まるで突然怨霊の動きが鈍ったかのように、近づかない。


「…………」


ごくりと息を飲み、望美はその剣へと手を伸ばした。
なぜ伸ばしてしまったのか分からない。
なぜ、触れようとしたのか分からない。

分からないけれど、望美は呼ばれているような、必要とされているような。
そんな感覚に陥っていた。


「神子、触っては駄目だよっ それは神子の剣じゃない」


「え……じゃあ、誰の────」


白龍の制止の言葉に手は止まった。
剣の柄を掴むことなく、望美の手は宙を切り、疑問の声を上げた。


「話している場合ではない 構えろ、神子」


リズヴァーンの、重い一言が望美を今の現実へと押し戻した。
前を向いた望美の視線に入り込んできたのは、動きを再開した怨霊が望美に向けて剣を振り下ろしてくる瞬間だった。
まるでスローモーションのように。


「──っ」


間に合わないと、グッと奥歯を噛み締めた。









「ぅ……ん……」


目を覚ましたは、視界に広がる地面に眉を顰めた。
あそこは学校だったはず。
学校だったはずにもかかわらず、今目の前に広がるのは大自然の大地。


「……子、触っ……は駄……だよっ そ……は神子の剣……ない」


目覚めたの耳に、声が聞こえてきた。


「え……あ、……の────」


そんな中、かすかに届いた声の一つはの聞き覚えのある声。
『え?』と思い、声のした方向はどちらかときょろきょろと見渡し──



……望美?譲……も……



目の前で消えた人物二人の姿を確認し、首をかしげた。
ここはどこなのか。
なぜ、こんな場所にいるのか。



なんで望美は剣を持ってるの?
というか……あの格好、って私もだけど……



分からない事だらけで、頭が混乱し始めた。
望美を見れば見慣れない武装した姿をしていて、自分を見つめれば私服に着物を羽織り、紐で縛ってる感じだ。
学校にいて制服を着ていたにも関わらず、こんな姿をしている事に疑問が浮かぶのだけれど。
その時。

怨霊が、望美に向けて剣を振り上げた瞬間を目撃した。



望美が殺されちゃうっ!!!



そうとしか考えられなかった。
慌てて立ち上がり、望美の方に駆け出していた。


「望美!!その化け物から離れて!!」


離れなければ、殺されてしまうと心が焦った。
だって、望美の前にいるのは人ではない醜い姿……怨霊(化け物)だったから。


「「え!?」」


聞こえた声に、望美と譲が驚きの声をあげ視線を向けた。
その声は、ここにあるはずのないものだったから。


「来た その剣を持つに相応しい者が……」


その言葉と同時に、望美の前に突き刺さっていた二刀の剣に視線が行く。



どうしよう……望美を助けないとっ



そう思うのに、方法が見つからない。
唯一あるのは──……望美の前にある二刀の剣だ。


先輩!?」


突き刺さった剣を手にした
の登場に、そして剣を手にしたことに、譲は驚きの声を上げていた。



躊躇っていられないっ



今まさに望美に迫らんとしている危機を目の前に、は躊躇っていられなかった。
ここで躊躇っては望美が危ないと。
それは、望美の活躍を知らないから。
望美の強さを知らないから。
助けるには、突き刺さった持ち主のない剣を手にするしかなかった。

瞬間、まるで生きているかのように剣は音を発した。
不思議な、音。


「……っ」


息を呑みながらも、その剣を構え怨霊の攻撃を必死に受け止めた。
ギンッと、重い攻撃に嫌な音が響いた。
剣なんて触ったことのないは、その剣の扱い方が分からない。
それでも、この武器が自分の身を守り、誰かを殺すものだとは理解していた。



……目の前にいるのが、人じゃなくてよかった……



何かを斬ることに変わりはない。
それでも、人ではなく怨霊(化け物)だという事だけで、少しだけ心は軽くなった。


「今は、その怨霊を倒すのが先決だ!いくぞ!」


「はい!」


九郎の声に望美は声を上げると、と対峙している怨霊に向かって駆け出した。
剣を構え駆ける姿は、なんだか様になっていて。



慣れてる……?



ずっと同じ場所で育ったはずなのにも関わらず、自分とは違い躊躇いもなく剣を振るう望美を訝しげに見た。
その姿は慣れているように見えて、は疑問に思わずにはいられなかった。


「はああああああ!」


「たあ!」


掛け声を上げ、九郎と望美は同時に怨霊に切りかかった。
瞬間、怨霊は力強く対峙していたを押しのけた。


「っ!」


「わっ!?」


飛ばされてきたに、息を呑みながらその身体を受け止めた九郎。
からはかすかな悲鳴が上がる。

キュィィィィン……キュィィィィン……

誰の耳にも届く、不思議な音がの持つ剣から響く。



何、これ……
まるで生きてるみたい……



その剣に視線を落としながら、はそう思った。
何かを訴えているような音。
けれど、はまだその真の力に気付いていなかった。


先輩!!」


「あ……」


ギンッ!!


剣に意識を取られていた
譲の声でハッと我に返った瞬間、怨霊の攻撃を目の前で受けてくれていた弁慶の姿が目に止まった。


「戦ったことがないにしても、今は戦いの最中です 気をつけてください」


「あ……ごめんなさい」


鋭い言葉だった。
物腰は柔らかいのに、まるで厳しく注意されているような感じがしてしまう。
それでも庇ってくれた事がの胸を撫で下ろす効果は出してくれて、安堵の息を吐き出した。


「君は無理に戦う必要はありませんよ」


そう言いながら、を後ろに庇うように弁慶は立ちはだかった。



望美も、譲も頑張っているのに……それでいいの?
私は……何も出来ないのに、どうしてここに……?



弁慶の言葉に何も返せなかった。
だって、実際に戦うことなんて出来ないのだから。
分からないのだから。

それでも、ここへ連れてこられたのは"あの声"がキッカケだ。
助けを求められた。


「キシャアアァァァァ」


「くっ……」


「強いぞ!気をつけろ!」


怨霊の掛け声と同時に響いたのはヒノエの声だった。
九郎は再度剣を構えながら、声を上げていた。
士気が下がらないようにと。


「地裂震!」


声をあげ、攻撃を与える。
それでも、怨霊はなかなか弱まらない。
焦りが生まれ、隙が生まれ、体力が削れてしまう。


「どうして……おかしい……」


望美の小さな呟きが、の耳に届いた。
見ていることしか出来ないもどかしさ。
友達が傷つく姿を見て、心は潰されそうだった。


「キシャアァァアアァァッァァァ!!」


「くっ……」


怨霊の攻撃が弁慶を襲った。
後ろにはが、だからこそ弁慶は避けることも出来ず攻撃を受け止めた。


「……逃げて、下さい」


「……ぇ?」


呟かれ、声がかすれ弁慶を見つめた。


「ここは戦場です 戦えない者が……居ていい場所では……ありませんっ」


必死さが凄く伝わってきた。
助けてもらったのに、何も出来なくて。
剣を持っているのに、助けを求められたのに、何も。


……助けて


「──ぇ」


聞こえた声に、は立ち上がりあたりを見渡した。


私の神子を……望美を、助けて


「……あなたは、誰?どういう、事?」


神子だけでは……この運命を乗り越えられない


頭に響いてくる声。
その声の正体が誰なのかと、視線をめぐらせていると──


あなたに……破魂刀で……


小さな子供と、は視線があった。
望美と共にいる、小さな子供──白龍と。


あなたにしか──出来ない、こと 神子を……助けて


「破魂……刀……」


呟かれ、視線を剣へと落とした。
瞬間、また不思議な音を発し始めた。


「……?」


不思議そうな息が前から聞こえる。


「く……早く これ以上は持ちませんっ」


けれど、怨霊からの攻撃が強まり焦りの声が混じる。



私にしか、出来ない
望美を……



ギリ、と奥歯を噛みしめ、剣の柄を強く握りしめた。
二刀の剣を構えながら、下唇をギッと噛み締め。


「破魂刀、私に力を貸して!!」


どんな剣なのか、は知らない。
誰も、知らない。
それでも、この剣を持つに相応しいと言われるのなら、にしか出来ないと言われたのなら。

意を決して、叫んだ。

キュイイィィィィン……


「……っ!」


の声を聞き届けたように、二刀の剣が光り輝き不気味な振動音を響かせた。


「破魂刀の使用者が……選ばれた」


「白龍?」


白龍の言葉に、望美が首をかしげた。


「破魂刀……だと?」


白龍の言葉に、リズヴァーンが驚愕した。
目を見開き、を見つめた。



流れてくる……
伝わってくる……
前の使用者の思いが……破魂刀の心が……
言霊が……



弁慶と刃を交わらせる怨霊を、は真っ直ぐ見つめると。


「魂を砕き、うなれ漆黒の刃──破魂刀!」


そう言った瞬間、壮絶な力を発揮し始めた破魂刀。
はそれを構え、怨霊に駆け出した。


「駄目だ!戻れ!普通の者が怨霊に攻撃など──」


「やあぁぁぁぁ!」


出来ないと、誰もが思った。
怨霊に、何の力も持たないが攻撃するなんて無理だと。


「キシャアアァァァァ……」


しかし、の攻撃は怨霊に攻撃を与えた。
しっかりと、斬りつけ、力を奪う。


「望美さん!」


「あ、はい!めぐれ天の声、響け地の声 かの者を封ぜよ!」


弁慶の声に、望美は慌てて返事を返した。
そして、両手を組み祈りながら決まりの言葉を述べ──

パシュッ……

瞬間、怨霊は淡い光に包まれて消えた。


「……っ」


全てが終わったと確認すると、腰が抜けたようにはその場に座り込んでしまった。
初めて何かを傷つける武器を手に持った。
初めて何かを斬りつけた。
それは人じゃなかったけれど。


!」


先輩!!」


そんなの下に、望美と譲が慌てて駆け寄ってきた。
懐かしい顔。
安堵して、微笑み──手から破魂刀が零れ落ちた。









to be continued...........................





もう少し早く次回に回したほうがいいかなぁ〜とか思ったんだけど、キリがいいから入れちゃいましたw
昔に神と戦った剣で魔剣ってことで、怨霊にも効果あることにしてみた^^






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