全員無事で、全員仲良く、未来を迎える事。
難しいのは分かってる。

だけど……



それが、私の望みだから









雲の通ひ路 第二十一話









「さて……やはり、前に言っていた神泉苑でしょうね」


の行く場所の見当を付け、弁慶はポツリと呟いた。
ヒノエはすでに一足先に邸を出てしまっていた為、弁慶は一人だった。


「全く いったい彼女は何をしているんでしょうね」


ふぅっと一つ息を吐き、外套をなびかせながら弁慶は歩きだした。
土を踏む音、風でなびく布の音。
それを耳にしながら、弁慶は外套の被りの部分が脱げないように手で押さえた。










「……やっぱり」


そんな弁慶より、一足先に向かっていたヒノエは神泉苑で眠るの姿を確認した。
ゆっくりと近づき、樹の幹に片手を伸ばし重心を掛けるとを見下ろした。

閉じた瞼、規則正しく繰り返される呼吸。
それと同時に前後に動く胸、時折小さく開かれる唇。


は、オレ達を心配させるのが上手だね」


くすっ、と笑いながらその場にゆっくりとしゃがみ込んだ。
近くなる顔。
けれど、一向に起きる気配を見せない



こうも無防備な姿を見せられるとね……



苦笑を浮かべ、ヒノエはそのままの唇に口づけた。
軽く、触れるか触れないか程度の。

だから、は目を覚まさない。


「……本当に、お前はオレを惑わせるね」


口づけをした事に、ヒノエ自身苦笑を浮かべながらも驚きを隠せなかった。


「寝込みを襲う趣味があったんですか?君には」


「盗み見とは趣味悪いな」


近づいてきた弁慶に向かって、ヒノエは不機嫌極まりない表情と声色で答えた。
誰でも、あんなシーンを見られていたと分かれば笑顔でいられるわけもない。
まして、この二人なら特にだろう。


「オレが何をしようと、あんたには関係ないはずだろ?」


「そうですね 甥が何をしようが、嫌われようが、僕には関係のない事ですね」


にこりといつもの笑みを浮かべながらサラリと言った弁慶の言葉に、ヒノエはピクリと片眉を上げた。
それは、弁慶なりの含みのある言葉で。
それを真の意味で受け取ったヒノエは、やはり面白くないわけだ。


「では、日も暮れますし……さん、起きて下さい」


の近くに近づくと、弁慶は片膝を地面に付きの頬を軽く触った。
そうして目覚めさせようとしたのだが……


「ん〜、もう少し……寝かせてぇ」


頑なに瞳を閉じて、は起きようとしなかった。
その様子に、ヒノエはくすくすと微笑み、弁慶は仕方ないなと笑うのだった。


さん、起きなければ僕かヒノエが君を背負っていく事になりますよ?
 それでも構いませんか?」


それでも、優しく頬を触る様に叩き呟いた。


「んー……すぅー……」


「……どうしますか?僕が背負っても構いませんが……
 ヒノエ、背負いたいですか?」


まるで試すように、甥であるヒノエの様子を楽しむように。
弁慶は意地悪く、そんな風に問いかけた。


「嫌味な言い方だな オレが背負ってくよ
 の部屋まで連れてけばいいんだろ?」


「はい」


弁慶の肯定の声を聞くと、ヒノエはすかさずの腕を掴みサッと背負った。
それは手慣れているように、スムーズな行動だった。

そして、若くても“男”だという事が分かるくらいの力の証明だった。










「まあ どうしたの?」


京邸に戻ってきた弁慶とヒノエを待っていたのは、やはり全員だった。
景時はすでに出発しているのか、すでに京邸にはいなかったが他のメンバーだけは揃っていた。

が心配というのもあるだろうが、何より祭りは明日行くのだから当然のことだろう。


さんを神泉苑で見つけたんですが、しっかり眠ってしまっていたようだったのでヒノエに背負ってもらったんです」


の部屋はこっちだったよな?」


弁慶の説明の直後、ヒノエはと望美の兼用の部屋へと向かって歩き出した。
背中に背負われているは、本当に寝入ってしまっているのか全然起きる気配を見せなかった。


「あれこれとはしゃいでいたものね」


「疲れちゃったのかな?仕方ないから、今日はを抜いた皆で夕餉(ゆうげ)にしよっか」


肩を竦めて苦笑する朔と望美。
そんなはしゃぎ具合に、眉を潜め何かを感じ取っていたのは弁慶だけだった。

あそこまで寝入っていてはきっと夕飯は食べないだろう、と判断した望美は弁慶を連れて居間へ移動した。










「……ん〜」


その頃、ヒノエはを部屋へと連れてきていた。
軽く近くの壁にを座らせてから布団を敷き──もう一度を抱き上げ、その上に寝かせた。

ぐいっ。


「おっと……」


その時、の手がヒノエに絡まった。
バランスを崩したヒノエはそのままの上に倒れそうになるが、の顔の真横に手を置いて難を逃れた。

けれど、それと同時に違う問題が訪れる。


「……」


すぅすぅ。

静かに寝息を立てる唇。
それと同じリズムを上下に刻む胸。
近い距離。


「〜〜〜っ」


さすがに、我慢強いヒノエと言っても盛んな男の子。
ましてや、女性の扱いになれたヒノエが今までに経験がないという事もあるはずもなく。

ドクン。

心臓が高鳴った。


「……寝込みを襲う趣味は……ないはずなんだけどね」


弁慶の言葉を思い出していた。
ついさっき言われたばかりの言葉じゃないか。


「……にを、代償……ても構わ……から……ッ」


「……?」


聞こえた寝言のような言葉。
ヒノエは眉を潜め、問いかけるように名前を呼んだ。

けれど、起きる気配はない。


「……を守……たい ……さ……を守り……い」


聞き取りたい場所が聞き取れず、ヒノエは眉間のしわを深める事しか出来なかった。


?いったいどうし──」


問いかけた瞬間、はぴたりと言葉を止めていた。
何事もなかったかのように、スヤスヤと寝息を立てるばかり。


「……?」


ゆっくりとの上から退き、腕を組んでヒノエは考え出した。
いったい、はなんの夢を見ていたというのか。

ヒノエには、全く見当もつかなかった。



“代償”っていったいなんなんだ?
“誰を”守りたいんだ?



分からないことだらけだった。
でも、後者の問いはなんとなくイメージは付く。


「……“皆”?あいつ……って可能性も捨てられないか」


それは面白くもないが、ヒノエ自身も気付いていた事。
が弁慶を気にしていると……だから弁慶を守りたいと考えていてもおかしくはない。



……面白くないな



それは、何とも心踊らない結果。
ヒノエはハァッと一つ溜め息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。


「これじゃ、今日は起きそうにないな ゆっくり休みな、 おやすみ」


それだけ告げると、ヒノエは皆のいるであろう居間へと歩みを向けた。










to be continued.....................







いよいよ夏祭りパートに入ります!(^O^)/
今回は、理性飛びかけたヒノエと、それ見てちょっと面白くない弁慶さんの巻でした(笑)
それでも、弁慶さんってばあまりの方に踏み込んできてくれません。
やっぱり、自分は最後は〜なんて考えているからでしょうか?
どうなんでしょうね……(._.)






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