気付いてはいたんです、彼女が元気に振舞っているのは“わざと”なのだと



そうでもしなければ、挫けてしまいそうで、立ち止ってしまいそうで。
目的のために剣を手に取ったのに、それを手放してしまいそうで。
だからこそ、いつも以上に疲れたりあちこちへ出かけたりしていたのだ、は。

それでも、弁慶が何も問い掛けなかったのは、元気づけなかったのは……余計に沈ませる結果だと思ったから。

弁慶は分かっていた。
落ち込み、元気に見せる者に『元気を出して下さい』などの慰めの言葉は意味をなさないと。
心配を掛けている事を知り、余計に気は沈み、余計に空元気になる。

悪循環だ。

なにより、これは自身で乗り越えなければいけない事で。
目標があり、自ら剣を手に取り前に進むと決めたのなら──弁慶や他の仲間にはどうする事も出来ない。









雲の通ひ路 第二十三話









「うっわぁ〜」


あの後、ヒノエの告白の熱を冷ましたは、弁慶を探し始めた。
けれど弁慶が京邸を訪れたのは、基幸が訪れ夏祭りへ向かう直前。

そして、今達はワイワイと騒がしい祭りへと足を赴けていた。


「なんだか、出店もいろいろあって面白そう」


現代の祭りに比べれば小さくて、ちっぽけなもの。
それでも、温かみは確かにあって、活気も熱気も負けず劣らずだ。


「どれから回るつもりだ?」


「ん〜、どうしようかなぁ〜」


基幸の言葉には首を傾げてきょろきょろと視線を巡らせた。
食べ物もある、アクセサリーや紅などを置いている店もある。

目移りして決められない。


「ゆっくり決めればいいんじゃない?
 みんな、自由に回ればいいだろうし」


たくさんの人だかり。
これでは、全員で一緒に回ったとしても確実にはぐれてしまうのは目に見えていた。
だからこそ、望美は最初から全員が自由に見て回ればいいんじゃないかと提案した。


「これだけ人もいれば、安全じゃないって事はないですよね?九郎さん」


意見を求めるように、望美は九郎へと視線を向けた。
軽く首を傾げると同時に、長い髪がサラリと流れた。


「そうだな」


「一応、あの月が真上を指す頃に……あの大木の前に集まる事にしようか」


頷く九郎に続き、ヒノエがそう提示した。
現在の時期は六月初旬。
月が真上を指す頃は、ちょうど現代時刻で十時くらいだろう。


「うん、それがいいね!凄い分かりやすいし!」


ヒノエの提案に、望美は大きく頷いて乗った。
実際、自由に見て回る様にした場合、どうやって集まろうかと考えていたから。


「じゃあ、はオレと回ろうか
 せっかくの逢瀬を邪魔されたくはないしね」


「えっ?」


ズイッと一歩前へ出たヒノエは、に近づきウインクを投げた。
確かに、最初に連れて行ってやると言ってくれたのはヒノエだった。
けれど……

手を差し出し、その手をが取ってくれるのを待っているヒノエを見て、驚きの声を上げるのと同時に困ってしまう。



どうしよう……



弁慶の視線が気になる。
けれど、自分を好いていて、諦めないと言ってくれているヒノエを無碍にする事もには出来なかった。
それは、友達思いだからか、仲間思いだからか。


「オレと回るのは、そんなに嫌かい?」


「えっと……そうじゃなくて……その……」


問いかけるヒノエの言葉に、徐々に顔が熱くなっていくのがには分かった。
好いていると頭で理解してしまっていると、なんだか照れくさくなてしまう。
ヒノエの好意に“応えられない”と分かってはいても、照れてしまう。


「ヒノエ、さんを困らせてどうするんですか」


しょうがないな、というような口調で弁慶が助け船を出してくれた。
この空気を裂いてくれるように発言してくれた事は、にとっては嬉しい事だった。

が。


「前に市に来た時も、迷って順に回りましたよね また、僕がご案内しましょうか?
 前に、僕に付き添いを頼んで良かったと言ってくれていましたしね」


にっこりと微笑み、弁慶は以前市に来た時の事を思い出しながら話していた。
確かに、弁慶と一緒に回るとエスコートしてくれるから見て回りやすい。
何より、人ごみにのまれないように配慮もしてくれるし、悩んだら悩んだで待ってくれている。



え、と……
べべべべ、弁慶さんが私とっ!?



けれど、そんな弁慶の発言も結果的にはを戸惑わせるだけだった。
気になっている人から、そんな風に誘われてしまえば戸惑わない人などいるはずもない。

まして、以前に一緒に市に来た時の事も覚えてくれていたとなれば……効果は絶大だ。


「……おや?」


そんなの反応に、弁慶はきょとんとした。
まさか、自分に対してもそんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだ、弁慶は。
ヒノエのように甘い言葉を囁くわけでもなく、ただ事実を言葉にしただけだったのに。


が困ってるじゃねぇか んじゃ、俺も含めた四人で回ろうぜ」


この二人はと回るのを止めないと判断したのか、基幸が仲裁のように間に割って入った。
ヒノエにとっては邪魔者なのか、少し嫌そうな表情を浮かべるも──最初に祭りに行く話で盛り上がったのは誰でもない基幸ととヒノエの三人だ。
だからか、何も言わず……
弁慶にいたっては何とも思わないのか、ヒノエの反応を見て苦笑を浮かべているだけだった。


「そうしてもらえると嬉しいかな」


けれど、にとってはとても救いな発言だった。

ヒノエを無碍には出来ないし、弁慶と回りたい気持ちもある。
でも、そうなるとどちらか一人とか、二人と一緒に……という事になってしまう。

無理があると分かったからこそ、即座に基幸の言葉には頷き返した。


「野郎と回るなんて趣味じゃないね」


「じゃあ、ヒノエくんは望美か朔と回る?」


不機嫌そうに呟くヒノエに、は首を傾げて案を提示た。
もしそうなってくれれば、気がかりは一つ減る。



まあ、ヒノエくんには悪いけど……嫌ならその方がいいだろうし



「いいや、一緒に回るよ」


の言葉に、ヒノエは目を丸くすると慌てて言い直した。
ここで別行動になってしまったら、ヒノエがこの祭りへ来た意味がなくなってしまう。


「オレは、お前と回らなきゃ意味がないからね」


不敵な笑みを浮かべると同時に、ヒノエはに向けてウインクを一つした。


「まっ、まったまたぁ〜」


そんな風にはぐらかすが、は顔が熱くなっていた。
あの告白を思い出してしまうのは、きっとまだ時間がそんなに経っていないからだろう。

何より、ヒノエのアタックが激しいから。


「ほ、ほら!早く行こう!」


「あ、待てよ!」


そんな空気を蹴飛ばそうと、は人ごみに向かって歩き出した。
そのあとを慌てて追う基幸と、ゆっくりと歩みだす弁慶とヒノエだった。









「ヒノエ」


「なんだよ?」


「君は、さんの事を好いているんですか?」


叔父である弁慶から、そんな話を振られるとは思ってもいなかったヒノエは、目を丸くして弁慶を見つめた。
その反応に、弁慶はなんの反応も見せないのは、そういう反応がくることが分かっていたから。


「僕は、てっきり望美さんかと思っていましたよ」


「なんだよ オレがを好いていちゃ都合でも悪いのか?」


前を歩くを見つめながら呟く弁慶に、ヒノエは訝しげに問いかけた。
まるで、ヒノエがを好きになる事に何か引っかかりを覚えているように感じたから。


「別に、そうとは言っていないでしょう」


なぜそういう話に持っていくのかと、弁慶は肩を竦め。
そして、ツーっと視線をヒノエに向けた。


「ただ、今までの女性関係を考えると……」


「悪いね 遊びじゃないよ」


弁慶はその事が聞きたかったのだとヒノエはすぐに理解すると、弁慶の言葉を遮る様に言いきった。
確かに、ヒノエは年齢の割には女性の扱いには慣れ、そして経験も豊富だ。
それだけ、たくさんの女性と関係を持ってきたから……なのだが。

でも、今のヒノエにとってはそういう対象ではなかった。


「という事は、本気だと?」


「ああ」


問いかける弁慶に、ヒノエはハッキリと頷き返した。
けれど、それと同時に浮ぶ疑問も確かにあった。


「で、なんであんたはそんな事をオレに聞くんだ?」


弁慶が人の色恋に興味があるとも思わなかった。
ましてや、自分の甥の恋愛に口出しするなんて今までなかったものだから。



普通に考えてもおかしいだろ……



ヒノエがそう思ってしまうのも、無理はなかった。


「いえ、別に……特にこれという理由は……」


ない、と弁慶は答えられるはずだった。
なのに、言葉が続かなかった。


「弁慶?」


「……困ったな」


「は?」


興味なんて全くないはずだった。
望美同様に、源氏を勝利に導き──戦を終結させるだけの駒のはずだった。

なのに、気になってしまうのだ。

戦に参加する事に、あまり乗り気でなかったり。
一人で危険な場所へ赴く事に、心配になったり。
ヒノエに、口付けされているを見て、胸が燻ったり。


「……いいえ、何でもありませんよ」


恋心ではない。
けれども、に対して何も感じるものがないわけでもなかった。

くすぐられる心。

その正体が、弁慶にはまだ見えていない。


「さて、急がないと置いて行かれますよ
 僕は、別にヒノエが置いて行かれようとも構いませんがね」


そう言って、弁慶は外套を靡かせながら歩き出した。
そのあとをヒノエは慌てて追いかける。

先を越されてたまるか──と。










「ほんと、人ごみがすごいねっ」


簡単にはぐれてしまいそうなほどに、人がたくさんいた。
現代の祭りに比べれば、やってる規模も土地も違うからか、ぎゅうぎゅうにはならないのだけれど。


さん」


「はい?」


呼びかけられた瞬間、腕を掴まれた。
引き寄せられ。


「っと 悪いな、嬢ちゃん、兄さん」


ぶつかりかけた男の人の声が、の耳に入った。
死角から現れた男の存在に、は弁慶に視線を向け「ありがとう」と呟いた。
弁慶の助けがなければは男とぶつかり、バランスを崩してその場に倒れていたかもしれない。
運が良ければ、倒れかけるだけだったかもしれないが。


「大丈夫でしたか?」


「はい あ、でも……皆とはぐれちゃったみたい……」


弁慶の問い掛けに頷き、はあたりを見渡した。
今の一瞬の出来事で、ヒノエと基幸とはぐれてしまっていた。


「仕方ありませんよ
 待ち合わせの場所も時刻も決めてあるんですから、二人でゆっくり見て回りましょう」


「……そうですね」


少しだけ考えてしまっただけれど、すぐに弁慶に賛同するように頷いた。










to be continued





四人で回りはじめるも、すぐにはぐれてしまったという……(笑)
ヒノエには悪いけど、男と祭りを回ってもらう事にしましょうか(^_-)-☆






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