ヒノエくんみたいに……強引にでも誘える勇気、私は持ってみたいな



望美は、を誘うヒノエを見てそう思った。
女性扱いに慣れているヒノエが、どの時空でも誘っていた望美ではなくを誘ったのは驚いたが。
それでも、が訪れる運命が今回初めてだったのだから、何が起こるかなんて分からないわけだ。

現に、神泉苑での戦いだって──知らない事だらけだった。
そのあとの運命だって、ここまでに至る運命は変わってきていた。



ヒノエくんが私じゃなくてを選んだのも……今までの運命とは違う証拠



苦笑を浮かべ、望美は九郎を見つめた。
望美が誘いたい人。
助けたいと願うほどに──大好きな人。










雲の通ひ路 第二十四話










「……なんだ?」


ふと、望美の視線に気付いた九郎が首を傾げた。
その問い掛けに、望美はハッとするがすぐに笑顔を浮かべると。


「あ、その……一緒に回りませんか?」


少しだけ口籠ってから、望美は九郎を誘ってみた。
それはとても勇気のいる事で、望美の胸はドクドクと高鳴っていた。



ど、どうしよう……断られちゃったら……



そんな事を、九郎が返してくれるであろう返事の合間に考えてしまう。

何度も何度も九郎が死ぬたびに自覚してきた“好き”という気持ち。
それと同時に、何度も何度も感じてしまう“断られてしまったら”という不安感。


「ああ、俺でよければ……向こうも勝手にしているようだしな」


けれど、そんな望美の思いとは裏腹に九郎は頷いた。
指し示す視線の先を辿れば、勝手にについていく弁慶とヒノエと基幸、朔と共に向かう景時と敦盛。
ここに残っているのは、九郎を含めた譲とリズヴァーンと白龍だけだった。


「譲、白龍……お前達は私と共に来なさい」


「「せ、先生!?」」


気を利かせるように、名残惜しそうにしている譲と白龍を連れて行こうとするリズヴァーンに九郎と望美は驚きの声を上げた。
まさか、ここでそういう行動に出るとは思わなかったから。


「案ずるな、二人ならば大丈夫だ」


「……先輩」


「……神子」


ずるずると譲と白龍を連れていくリズヴァーンの背中は、徐々に小さくなっていった。
望美の気持ちを分かっているからこそ出来る行動で。
そして、それは譲だって感じとってはいた──望美の気持ちを。
白龍に至っては自分の神子なのだから、言葉として分からなくても感情として伝わっているはずだろう。



先生……ありがとうございますっ



望美は、そんな寛大なリズヴァーンに心の中でお礼を口にしていた。


「……仕方がない 俺達だけで回るか」


「はい!」


不器用な九郎の言葉に、望美は嬉しそうに微笑んだ。









願わくば、こんな時間が永遠に続いてくれますように。
あんな、辛い運命はもう嫌だ。
誰が死ぬのも絶えられない。

だけど、それでも──私は九郎さんを失いたくない。

たった一人の肉親に裏切られるなんて……
仲間に裏切られるなんて運命……私は許したくない。

私は、九郎さんと一緒に幸せになりたい。










みんなで、誰ひとり欠けることなく──幸せになりたい。










どんなに手を血で汚してもいい。
守れるなら、救えるのなら、笑顔を見られるのなら。

私は、自分の清らかさを差し出すよ。

その為に、私はこの運命を選んだの。
私は何よりも、みんなの笑顔を命を守りたい。

破魂刀に、どんな代償を支払ったとしても。











「わぁぁぁっ!!この間の市も素敵だったけど、祭りも素敵ですね!」


嬉しそうに出店を見ながら、は声を上げた。
そんなはしゃぐを後ろから見つめた弁慶が苦笑を浮かべた。

どこまでも、ずっとはしゃいでいる


「そうですね 何か、気に入ったものはありましたか?」


「今日は何も買わないですよ」


「いいんですか?」


何も買わないというに、弁慶はきょとんとした。
何か気に入ったものがあれば、この間のように買ってあげようと思っていたからこそ、驚かずにはいられなかった。


「はい 今日は、こうやって一緒に回れるだけで十分嬉しいですから」


気分転換にもなると内心思っていた。
それは言葉にはしなかった。

否、出来なかった。


「だから、はしゃいでいるんですか?」


「──ぇ?あ、はい!そうだよ?それ以外に何があるっていうんですか」


いきなりの問い掛けに、は一瞬言葉に詰まった。
けれどすぐに満面の笑顔を浮かべると、コクンと頷き弁慶の言葉を肯定した。



悟られちゃいけない……



本当は嘘だった。
三草山の戦いから、はずっとはしゃいでいた。
いつも以上に高いテンションで、必死に毎日を生きていた。


「……大丈夫ですか?さん」


「はい?い、いきなりなんですか、弁慶さん!」


何を問いかけるんだとは笑った。
はぐらかして、誤魔化して──でないと、挫けてしまう。


「僕には嘘をつかなくても大丈夫ですよ?」


「──え?」


「三草山の戦いの後から、元気がないのは気付いていました
 ずっと、元気に振舞ってきていたのに……僕は気付いていました」


「────っ」


その言葉に、は目を見開いた。



だって、誰も何も言わなかったから……



「気付いていなかったと、思いましたか?」


「!」


またしても、心を読まれているような感覚。
驚いて目を見開いて、すぐにクシャッとした笑みを浮かべた。

情けないような、悲しみを堪えているような笑顔。


「弁慶さんにはバレてたんですね 敵わないなぁ〜」


前髪を掴むように手で額を覆い、表情をは隠した。


「でも、大丈夫ですよ!だいぶ立ち直ってますし!」


そして、えへっと笑いながら顔を上げては満面の笑顔を浮かべた。



大丈夫なはずがない……
人の命を“初めて奪った”者が、平然としていられるなんて……



そんな笑顔を見て弁慶は、そういうのは特殊な人間だけだと思った。
それを分かっていたからこそ、の視線の高さに自らの視線の高さを合わせ。


「嘘はよくないですよ?」


その言葉に、は言葉を止めてしまう。
続けられなかった。

“嘘”だと見破っている人に、どんな偽りを話せばいいというのか。


「……大丈夫です、本当に そりゃ、確かに辛いですし……未だに、あの感触が手に残ってて気持ち悪いです
 でも、こんなところで立ち止ってなんていられないんです
 私のせいで、私の……エゴが原因で死んでいった人の為にも……忘れちゃいけないんです
 しっかり背負って、ちゃんと自分で立ちあがって前に進まないと……」


欲しくて手に入れた力。
守りたくて参加した戦。

それは全て、誰かに強要されたわけでもなく自らが望んで進んだ未来。

だからこそ、手放すわけにはいかなかった。
逃げ出すわけにも、立ち止って進めずにいるわけにも。


「それに、こういう事を感じているのは私だけじゃないはずです
 譲だって、きっと……人を、怨霊を倒して、いい気分なはずがない 望美だって……」


言いながらも、視線は伏せられていった。
俯いて、考えて、自分ばかりじゃないのに一人苦しんでいる事に胸が軋んで。


「……それに、戦に慣れてる弁慶さんや九郎さんだって 人を殺すのは嫌でしょう?
 何も思わないはず……ない きっと、辛いはず……」


その言葉に、弁慶は目を見開いた。
そんな言葉、誰にも言われなかったから。

この世の中、武士は戦い人の命を奪うのが常だと考えられてきているから。

だからこそ、弁慶はの言葉に言葉を失った。


「後悔や懺悔は……」


「──?」


ポツリ、呟かれたの言葉に弁慶は首を傾げた。


「後悔や懺悔は、全てが終わった後に……それまでは、振り返らないで突き進みます!
 それが、多分……今私に出来ることだから」


心は痛む。
剣を手放したいと心が叫ぶ。

命を切り捨てたくないと。
屍を重ねたくないと。

それでも、心は叫ぶ。
剣を持てと、未来を切り開けと。

仲間を、大切な人を、守りたいから。


「……さん」


「べべっ、弁慶さん!?」


弁慶は無意識にをギュッと抱きしめていた。
大きな両腕で、そのしっかりとした胸の中にを押し込めた。



泣いているように見えた……
いや、涙を流していなくても泣いているのか……



そう思えば思うほど、弁慶の腕の力は強くなっていった。


「我慢しなくていいんですよ 人それぞれ乗り越え方はあります
 でも、我慢して心を押し殺して突き進む必要なんてないんです」


そんな事をしていては、いつか人間は挫折してしまう。
挫けて、膝を折り、その場から動けなくなってしまう。

後悔する心も、そして欲しい未来へ突き進む勇気も、失ってしまう。


「──でも、望美も譲も……普通に、して……」


「同郷の君に、弱さを見せたくないだけではないですか?
 君だって、望美さんや譲くんには見せまいとしていた
 それに、二人がそんな非情な人間だと……君は?」


その言葉にハッとして、弁慶の問い掛けには首を左右に振った。
だって、心配を掛けさせたくなくて、こんな弱い自分を見られたくなくて、蓋をした。
蓋をして、一人苦しんでいた。


「どうしようもなければ、泣けばいい、前のように
 僕は、君の涙も嘆きも受け止めます さんは一人じゃありませんよ」


苦しんでいるのだって一人じゃない。
そして、苦しむを心配してくれる人だっている。

その事に、は胸が締め付けられるようだった。


「ずっと、一人で抱えて乗り越えなきゃって……思ってたんですっ
 こんな所で立ち止っていられないって分かってるから……だから、早く立ち直らなきゃって」


「……なぜ、立ち止っていられないんですか?」


「だって……望美を助けるには、みんなを……助けるには、私の力が必要だからっ
 私も……助けたいから、望美を、みんなをっ……」



あなた……をっ……



そう話していたら、涙があふれてきた。
の声は震え、祭りの賑やかさとは裏腹にどんよりとした空気が流れる。

それでも、この賑やかさにの声はかき消されてしまう。


「君は……ずっと、その思いを一人で背負って頑張ってきたんですね」


駒だとしか思っていなかった存在。
そんなを、いつしか弁慶は気に掛けるようになっていた。
涙を見れば気になって、落ち込んでいれば元気づけたくなる。

放っておけない存在。


「目標があるのはいいことだけど、辛いのなら打ち明けてください
 僕は、いつでも聞きますから」


「……ありがとう、ございますっ」


そう呟き、は弁慶の服をギュッと掴んだ。
そして、その胸に顔を押し付け声を押し殺して泣いた。



ずっとずっと辛かった気持ちが、少しだけでも楽になった気がする……



自らの手で人を殺してきた事は、抗えない事実。
背負わなきゃいけない事実。
それでも、同じ思いを抱える人がいると、辛い気持ちを聞いてくれて受け止めてくれる人がいると。

それが分かっただけで、心はぐんと救われた。



私は……本当に、幸福ものだね
こんな風に心配してくれる人がいる……分かってくれる人がいる……



そう思えば思うほど、涙はぽろぽろと流れてやまなかった。
弁慶の胸が心地よくて、落ちついた。








to be continued





ちょっと最初に九望話を入れて、そのあとは一気にシリアス突入ーです!!(笑)
人それぞれ、落ち込んだ時の態度が違うと思うんですよね。
普段と同じ事をしていながらも、望美も譲も絶対ショックは受けていたと思うんです。
ただ、それを表に出さないで……他の所で解消?していたんじゃないかなって。
で、の場合はそれを弁慶に感じとられてしまったみたいな(*^_^*)
多分、あれ?ってなりはじめてるんじゃないでしょうか……は(苦笑)






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