「いきなり一緒に来てと言われるとは思わなかったぜ」


「あはは、ほんと、ごめん いきなりだったから慌てさせちゃったよね」


基幸の言葉に、は苦笑を浮かべた。

熊野へ経つと決まった次の日、他の人達に出発の準備を任せては基幸を誘いに行ったのだ。









雲の通ひ路 第二十六話









「あ、基幸?」


「お?どうしたんだ?


日が人々を見下ろす時間帯。
は畑で見かけた基幸に気付き、その声で基幸もに気付いた。

夏祭りを最後に、少し会っていなかったからか少しだけ久々な気分になっていた。


「うん、実は後日みんなと一緒に熊野に発つことに決まったんだ」


「熊野ぉ!?」


の言葉に驚きの声を上げたのは基幸だった。
たぶん、熊野を源氏に付けようとしている──という情報が、基幸の元に入ってきていないのだろう。
だからこそ余計に驚いてしまう。


「それで、基幸も行けたら行かないかなぁと思って……
 凄い急だし、基幸は畑仕事もあるから無理は言えないけど……」


どうかな?と首を傾げながら、は基幸の言葉を待った。

今日、熊野に経つわけではない。
それはが暮らしていた現代と違い、出発の準備にいろいろと時間が掛ってしまうから。
けれど、いきなりの話には変わりはなく、慌てさせてしまうのは目に見えていた。

なんせ、基幸には耕さなければいけない畑がある。
それを放って熊野へ──なんて、無理強いできるはずもない。
避けられない戦へ赴くわけではないのだから。


「別に無理を言われても構わねぇけどな?」


わしゃわしゃ。

ニッと笑みを浮かべると、基幸はの頭を豪快に撫でた。
綺麗な髪が一気に乱れ、それを止めるためが基幸の手を掴んだ。


「ちょっとちょっと、髪が乱れちゃうよっ」


「はははっ 出発はいつなんだ?」


「え、一緒に行ってくれるの?」


「行ってほしいから誘いに来たんだろ?」


慌てるに笑みを浮かべながらも、聞くことは聞く基幸。
まさかそんな反応が来るとは思っていなかったは、驚かずにはいられなかった。


「そう、だけど……」


「なら、出発がいつなのか聞いても問題はないはずだな?」


基幸の問い掛けに、は静かにコクリと頷き返した。
問題なんて全くありはしない。

むしろ、嬉しいのだから。


「出発は─────」


















「遅れて悪い!!!」


「ようやく来たようだな」


「そうですね では、出発するとしましょうか」


慌てて駆け寄ってくる基幸を見つめ、九郎と弁慶は顔を合わせて呟いた。
から出発の日時を聞いた基幸は、そのままと別れ準備を始めたのだ。
そして、この日、達は熊野への出発を迎えた。


「しっかし、本当に一緒に来るとは思わなかったぜ?」


「ヒノエは来ない方がよかった、って感じなんだろ?」


ヒノエの言葉に基幸は苦笑を浮かべながら問いかけた。
疑問形だったけれど、その言葉は確信を得ているように思えた。


「まあ、いきなりだったから『無理かもしれない』って思ってたからな」


「ああ、俺もいきなり一緒に来てと言われるとは思わなかったぜ」


「あはは、ほんと、ごめん」


ヒノエの言葉に基幸もコクコクと頷きながら肯定した。
その様子に、は苦笑しながら軽く謝ることしか出来なかった。

二人の言うとおり、の取った行動は本当にいきなりなものだったから。


「いきなりだったから慌てさせちゃったよね」


「いや、全然」


けれど、基幸は全く気にしていないようでニカッと笑みを浮かべて首を左右に振った。
いきなり誘ったにとっては心休まる反応だった。


「どちらかと言えば、楽しみなんだぜ?」


「楽しみ?」


「なぜですか?君も知ってはいるでしょう?熊野に遊びに行くのではないという事は……」


首を傾げるの言葉を受け取ったかのように、弁慶が基幸に問いかけた。
熊野へ向かうのは熊野水軍を源氏に味方させたいが為に、話を聞く為に向かうのだ。
それはつまり、遊びではないという事だ。


「俺だって源氏軍に属する者だから、知らないはずがないでしょう?」


さすがに望美や、ヒノエなどと違い弁慶や九郎に対しては相変わらず身分を弁えて敬語を使う基幸。
ハッキリとした口調で弁慶の問いに“肯定”で答えた。


「なら、なぜお前は“楽しみ”だと言ったんだ?」


そして、九郎もやはり気になったのか弁慶の横に並び基幸に問いかけた。
源氏の総大将である九郎と、それを支える軍師かつ薬師の弁慶。
この二人を前にして、下手なことは言えるはずもない。


「熊野がどういう立場になるのか気になる……という事もあります
 でも、俺はどちらかと言えばこの旅が楽しみなんです」


フッと微笑み、まっすぐ九郎と弁慶を見つめた。


「遊びじゃないのは分かっています けれど、これは戦とは違う
 道中、緊張感を持ち、気を張り詰める必要なんてないんじゃないですか?」


「……確かに、基幸の言うとおりではあるな」


うむ、と頷きながら九郎は呟いた。
すっかり戦に赴く時と似たような空気を醸し出してしまっていたが、言われてみればそこまで気を張る必要なんてなかった。
道中を楽しむ心も、もしかしたら今は必要な事なのかもしれない。


「そうですよ、九郎さん!ずっと気を張り詰めてたら、いざって時に疲れちゃいますよ」


グッと拳を握りしめた望美は、はきはきと基幸の言葉を押した。
望美は知っているから。
分かっているから。
未来を、この先の事を。

だから……


「そうですね 望美さんの言うとおりかもしれないな……」


外套を手で掴み、ふわりと微笑む弁慶に望美は嬉しそうに笑みを浮かべた。
そんな二人の様子に、はチクリとするものを胸に感じた。


「仕事と私事をしっかり分けるって事ですね」


「そうなりますね まあ、あまりハメを外さなければ大丈夫でしょう」


何かが嫌だった。
だから、は明るく弁慶に笑いかけた。
そんなの言葉に、弁慶はにこりと微笑み頷き返してくれた。


「そこまでハメを外すような事はしないよね、望美」


「うん、そりゃ、もちろん」


顔を見合わせ、と望美は苦笑を浮かべた。
いくらなんでも、こんな時期にそこまでハメを外せない。
というか、怨霊が跋扈するこの世界でそんな余裕を常に見せてなどいられるはずなかった。



何事もなく、無事、熊野を味方につけられればいいんだけどな……



ふいに空を見上げ、はそんな事を思っていた。
何も知らない世界。
何も分からない世界。
現代の歴史と瓜二つの世界なのに、似て異なる運命を描いていく。

怨霊なんていなかった。
平家の敦盛が源氏軍に与することなどなかった。
平家が怨霊を生みだすことも、清盛が復活することも。
そして、の持つ破魂刀の存在も、白龍の神子、黒龍の神子、八葉の存在も─────ありはしなかった。



前回までの運命の通りになんてさせない……
が来た事で、運命は変わっている
きっと……大丈夫



そんなの横顔を見つめ、望美がポツリと心の中で呟いていた。
運命を知り、異なる運命を描く世界に上書きをしていく者。

幸せにしたいという思いが強く強く胸にこびり付き、この先の運命を変えようと踏み出す一歩になる。

けれど、望美もこの先の運命を知ってなどいなかった。
だってこの運命は、今までにいないが存在する世界。
何が起こるかも、何を起こすかも分からない───未知なる世界。











何が起きても大丈夫











私がみんなを──────











────九郎さん

        を守るから

────弁慶さん














to be continued










だいぶ運命の歯車がくるくると回りはじめてきましたね^^
どんどんの中の弁慶さんの存在が大きくなってます♪
さて、ちゃんと恋心に気付くのはいつになるのやら。
というか、弁慶さんもそうですね(^^ゞ






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