「熊野って凄い自然が綺麗だね」


「山と海に囲われた土地ですからね」


の言葉に、弁慶はふわりと微笑み呟いた。
今は源氏につき、京にいたとしても故郷である熊野を褒められるのは嬉しい事なのだろう。
ふとは弁慶を見つめた。
その眼差しは懐かしむように当たりを見渡し、の視線に気付くと視線を向けて微笑んだ。
どうかしましたか、と問いかけるように。









雲の通ひ路 第二十七話









「なんだか人がいっぱい集まってるね 何かあったのかな?」


なんだろう、と望美は人だかりの方をじっと見つめた。
けれど、何も知らないには分からない。
ただ、望美の言葉に「うーん」と声を上げて首を傾げるばかり。


「ああ、後白河院の御幸があるって話だから……」


「ご、御幸??」


「ああ、は知らないよな
 身分の高い人が外出することだよ」


ヒノエの言葉に感心するようには頷きながら聞き耳を立てた。
よくは分からないけれど、あの人だかりが後白河院という身分の高い人が原因で出来ていると言う事だけは容易に理解出来た。


「それ目当ての物売りやら野次馬やらが集まってるんだろ」


「さすが身分の高い人って事だね」


ヒノエの言葉には感心しながら呟くも、意識は他の方向へと向かっていた。
の意識は、後白河院、その人に向けられていた。



後白河院って………あの後白河院、だよね



思い浮かぶのは、史実上の人物。
そして、その人物が何をしたか………だった。
にとって、そしてそれを話せばこの場にいる者全員にとっても、嬉しくもないものだ。


「法皇様って、何をしにこんな遠くまで来るのかな?
 確か、京にいる人……だよね?どうして熊野まで………」


言われてみれば確かにその通りだ。
はたしてこの時期に史実では後白河院は熊野に来ていたのか。
それはは知らなかった。
だからこそ、余計に“なぜ”と気になってしまう。


「う〜ん……どうしてって聞かれると困っちゃうけど」


考えるように腕を組みながら、景時が呟いた。
“なぜ”と思考を巡らせていたの耳に声が届くと、はすぐに考える事をやめて景時に意識を向けた。
知っているのなら、聞くのが一番早い──という事だろう。


「法皇様が政を執るようになった……百年くらい前からかな〜?
 法皇様や上皇様が行列を作って熊野を詣でるようになったんだよ」



そうだったっけ?



そう思いながらも、史実とこの世界がイコールで結ばれていないことを思い出したは違うと考えを改めた。
知らないことは確かにこの世界にある。
あるからこそ、史実と一緒じゃないことも受け入れて頭の中を更新していかなければならない。
史実通りならば、きっと簡単にみんなを助けてしまえる。
そう簡単に世界が成り立っているはずがないのだ。

イレギュラーがすでにある時点で、史実と今を綺麗に結べないと頭を切り替えるべきなのだ。
そうでなければ…………泣きを見ることになる。
悲しみを生みだすことになる。

望美がその言い例だろう。
史実は知らなかったものの、過去を変えようと幾度も時空を渡る。
けれど、今が過去と同じ出来事を繰り返すとは限らない。
一つ返れば、その先も変わってしまう。
そのたびに、幾度も幾度も時空を超えて運命を塗り替える。
そして、何度も何度も泣きを見て、悲しみに暮れるのだ。


「熊野は隠野 黄泉の国に繋がってる土地だからさ
 そこらへんの霊地とは格が違うってね」


「つまり、熊野は他のお寺や神社とは違う、特別な場所なんだ?」


「そういうこと」


嬉しそうに熊野を説明するヒノエに、凄い凄いと目を輝かせて話を聞く望美。
けれど、は少しだけ疑問を覚えた。
だって……


「ヒノエくんは熊野の事に詳しいんだね」


「まあね オレだって熊野出身だからね
 それに、今の法皇様は熊野詣が特別お気に入りみたいだしね
 後白河院のお気に入りもお供として何度も熊野に来てるのさ」


関心を寄せたにヒノエは嬉しそうに微笑み、ウインクを投げた。


「……??法皇様のお気に入り??」


「平家一門のことですよ
 清盛殿も何度か熊野を詣でています
 平家一門の繁栄は、熊野権現ゆやごんげんの利生だったとも噂されていたぐらいですよ」


ヒノエの話に疑問を抱いた望美は首を傾げながら弁慶の説明を聞いていた。
そんな弁慶の口から今は敵対している平家の名が出てきて、はピクリと眉を動かした。


「ええっと……つまり、熊野は平家の味方……ってこと?」


がそう取ってしまっても可笑しくないくらいの話だったのだ。
けれど、そんなの考えを否定するように弁慶はクスリと微笑んだ。
ゆっくりと右手で外套に触れると。


「惜しいですが……そこまで単純じゃないんです
 熊野の中にも平家に反抗している勢力もいたりしますから」


それはつまり、平家に味方するものもいるという事にもなる。
弁慶の話を聞きながら、は「へぇ」と相槌を漏らしていた。



だから、熊野を味方につけろ……って言ってたんだ



鎌倉へ行っていた景時が頼朝直々に下された話。
それはつまり、頼朝も熊野がどちらにもついていない事を知っているという証拠。
だからこそ熊野を源氏の集中に収めようとしているのだろう。


「興味を持ってくれるのは嬉しいですが、詳しくはまた今度にして下さい」


考えているの耳に、柔らかな、そして笑いを含んだ口調の弁慶の言葉が入り込んできた。
意識を戻し弁慶を見つめれば、そこにいたのはにこやかな笑みを浮かべた弁慶で。

トキン。

無意識に、その笑みに胸がときめいた。


「………ここで話すには繊細すぎる話題だから
 万一、君が巻き込まれたりしない為に……いいですね」


そんな胸のときめきを知る由もない弁慶は、ゆっくりとに近づき小声で囁いた。
まるで二人だけの秘め事のように。


「は、はい……ッ」


息を飲みながらも、弁慶の有無を言わさない問いには頷き返していた。
ドキドキと高鳴った胸は煩いほどで、なかなか鳴りやんではくれなかった。

このトキメキをは知らない。
けれど、分かる。
このトキメキの正体がなんなのか。



私………弁慶さんの事が…………



そう思っていた時だった。


「あっ……」


「白龍?」


「これは………?」


何かを感じ声を上げた白龍にの思考は中断された。
慌てて視線を白龍に向けると、は心配そうにその瞳を見つめた。


「どうかしたの?」


中腰になり、望美も白龍を見つめて首を傾げた。
白龍がこうして何かを感じた時、必ず何かがある。
怨霊なり、八葉なり、何かが……


「行こう、神子っ!向こうに……」


「ええっ?駄目だよ、こんな所ではぐれたら迷子になっちゃうよっ」


駆けだそうとする白龍を慌てて追いかけた望美。
子供ならではの急な行動に、間一髪動けたのは何度も何度も時空を渡り白龍と接してきた望美だけ。


「ちょっ、望美!?」


駆けだした望美に驚き声を上げる
けれど、このままじゃ見失ってしまうと分かるや否や、も望美の後を追って駆けだした。











「ええっと……白龍が走っていったのは、こっち?」


きょろきょろとし、ある一定方向に身体の向きを変えた瞬間、望美の身体に衝撃が走った。

どんっ。


「あいたたたたた……」


地面に打ち付けてしまったお尻を摩りながら、望美はとっさに閉じてしまっていた瞳を開けた。
そして、ゆっくりと視線を上げながら。


「ご、ごめんなさいっ 急いでいたから────」


「いいさ、俺は平気だから それよりお前、大丈夫か────」


互いの視線が交わりあう。
見覚えのある色。
聞き覚えのある声。


「なんだ、望美 久しぶり、だな」


「ま、将臣くん!!!」


腕を組み笑みを浮かべる幼馴染の姿に、望美は驚きの声を上げた。
まさか、こんな所で会えるとは思っていなかったのだ。


「望美!!!あ………れ?」


座り込んだままいる望美を見つけ駆け寄った
望美と対峙している青年の姿を見つめ、懐かしい感覚に胸が躍った。

知ってる人に似ているその表情。


「神子 天の青龍、将臣を見つけたよ」


にこりと微笑みながら望美の近くで呟く白龍の言葉に、は目を丸くした。
の知っている将臣はもっと若く、髪も短く………



こんなにたくましかった……っけ?



面影は残っている。
けれど、面影と今の姿は瓜二つではなかった。
まるで、一人だけ歳を取ってしまったかのように。


「最後に会ったのはいつだっけな?
 前に夢で見たきりだったってのに、本当に会えるとは思わなかった」


「私もそうだよ」


将臣の呟きに、望美は笑いながらも同意をした。
望美と将臣の夢の世界での話。
それをが知るわけもなく、きょとんとしたまま将臣を見つめていた。


「久しぶりだな、


「あ、う、うん 本当に将臣………なんだよね?」


「あ?当たり前だろ?」


問いかけるに、将臣はハハッと笑った。
当然だと答える将臣だが、高校生の時の将臣しか覚えていないにとってこの将臣は“当然”ではない。


「しかし──お前達もこの世界に来てたんだな
 まさか、これも夢だったりしねぇよな」


あっけらかんと笑いながら呟く将臣。
それはもよく知る姿だ。
だからなのか、はホッとしたような感覚を覚えた。
自分の知っている将臣は、今確かに目の前にいる。


「夢なんかじゃないよ
 ────ほら」


「確かに本物みたいだな」


将臣に近づき、微笑みながら望美は将臣の手を取った。
そこにあるのは確かな感触。
そして、現実である温もり。


「……で、お前ら二人なのか?
 ああ、あのちっこいのは知り合いみたいだな」


白龍の望美に追いついたのはだけだった。
だからこそ、将臣はこんな世界に女二人だけなのかと心配になった。


「譲はどうした 一緒じゃないのか?」


「うん、譲くんも一緒だよ」


将臣の問い掛けに、望美は苦笑しながら頷き返し。
それと同時に、複数の足音が聞こえてきた。


「に、兄さん……!?」


数年歳を取ってしまった兄である将臣が分かるのは、血が繋がっているから。
血縁の絆は、それほどに強いのだ。


「よ、譲 久しぶり」


「兄さんもこっちの世界に来てたのか
 でも、その格好は……」


「ああ、俺はこっちに来てからもう三年以上経ってるからな
 お前たちはあんまり変わってねぇみたいだな」



そっか、三年も……
そりゃ、確かに外見なんて変わっちゃうよね



将臣の話を聞き、納得出来た


「こりゃ!そこの者ども、騒がしゅうするでない!
 院の行列がお通りになられるのだ 静かにせい!」


貴族の甲高い声に、将臣は大きく溜め息をついた。
ガシガシと頭を掻き。


「どうも、うるさくて仕方ねぇな ちょっと離れるか」


「うん、そうだね」


将臣の言葉に望美は頷き返すと、将臣の後を追うように歩き出した。













to be continued









ようやくが弁慶への気持ちを理解した感じですね(#^.^#)
まあ、途中で思考が邪魔されちゃいましたが(^皿^ゞ

折り返し地点までまだまだありますが、折り返し地点に辿りつけば後は一直線になるんじゃないでしょうか……(笑)
ただ、が使う武器が破魂刀ですからね……そこを何とかクリアしなくては難しいでしょうが。
ということで、徐々に面白くなっていったらいいな────と思いながら、今話はここまでということで。






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