「ここまで離れれば少しは落ち着けるか?」


腰に手を置き、フゥっと息を吐きながら将臣はあたりを見渡した。
先ほどまでしていたガヤガヤとした煩さは、すっかり遠くに聞こえる。


「なんか、ぞろぞろと連れがいるみたいだが、どういう連中なんだ?」


ふと、望美や譲、の後ろをついて来る仲間に将臣は疑問をぶつけた。
ガシガシと頭を掻きながら、眉間にしわが寄る。
幼馴染や弟が見知らぬ人達と居るのだ、気にならないわけがないのだろう。













雲の通ひ路 第二十八話













人ごみを離れた望美たちは、九郎たちに将臣の事を紹介した。
譲の兄であり、望美やの幼馴染であること。
そして、この世界に来た時にはぐれてしまっていた事を。

そして、将臣には龍神の神子や八葉についてを説明していた。
怨霊と戦って封印するなんて芸当は、元の世界ではあり得ない。
けれど、そんな突拍子もない話を将臣はすんなりと納得していた。

それは当たり前のこと。
将臣だって、怨霊と戦うってことくらい知っているから、分かっているから。
この世界に長くいれば、不思議な事に慣れてしまうものなのだろう。


「それでね、将臣くんも八葉の一人なんだよ?」


「へえ、そうなのか」


望美の言葉に、将臣は少し驚きながらもシンプルなリアクションだけをした。


「将臣も八葉なのか!?
 こんなところで八葉がそろうとは信じられんな…………」


「でも、神子は八葉を引きつけるって言われてるんでしょ?
 それなら、ここで八葉がそろうのも納得出来る気もするけど………」


九郎の言葉に、は首を傾げて問いかけた。



そんな話を白龍がしていたような気がしたんだけどな



うーん、とは思い返した。


「将臣は巽の卦を持つ天の青龍
 九郎と同じ青龍の加護を受ける八葉」


九郎と将臣を交互に見つめながら、白龍がポツリポツリとたどたどしい口調で説明を始めた。
だからか、も考えを止めて白龍の言葉に耳を傾けた。


「そうか………
 四神はすべて天地に分かれているんだから………青龍が俺一人、というわけはないものな」


「天……地?
 なんだ、そりゃ?」


納得する九郎とは真逆の反応を見せたのは、九郎の対の将臣だった。
軽く頭を掻きながら、片眉を跳ねあげる。


「ほかの八葉の皆も、天と地に分かれてそれぞれの四神の加護を受けている
 お前は俺と同じ────青龍の加護を受ける八葉だってことだ」


「まあ、簡単に言っちゃえば二人一組って話」


九郎の言葉を受け、は笑いながら説明した。
天だとか地だとか、卦がどうとか。
そういう話をしているから混乱するのだ。
すべてを取っ払って簡単に言ってしまえば、が説明する言葉が一番しっくりくる。


「ああ、なるほどな
 ペアになるわけで、その相手がお前ってことか」


納得すると、ニッと人懐っこい笑みを浮かべて腕を組んだ。
姿は成長しても、醸し出す空気も口調も行動も、知っている将臣そのものだ。


「じゃ、青龍同士仲良くやろうって事で
 よろしくな、九郎」


「ああ
 天と地の青龍か………変な感じだな」


にこやかな将臣とは真逆に、九郎は真面目な表情を浮かべていた。
ずっと対である存在がいなかったからか、余計に不思議な気分なのだろう。



…………敦盛くん?



ふいに、将臣を見てすぐに視線を逸らし俯く敦盛の姿がの目に留まった。


さん?どうかしましたか?」


「あ、いえ………なんでもないです」


疑問そうな表情を浮かべるに気付いた弁慶が、目敏く問いかけてきた。
何となく、久々に再会した将臣を見ての敦盛の反応を見ると、誰かに告げない方がいいような気がしたのだ。

けれど、将臣と小さく話す敦盛と将臣双方の様子を見て、弁慶は少しだけ表情を固くした。
何かを感じ取ったのか。
それとも、敦盛の正体が平家の者だと知っているからこそ、小さく話す様子が疑問に思えたのか。


「八葉が全員そろってよかったわね、望美」


「うん、そうだね
 仲間が多い方が心強いもんね!」


にこやかに微笑み、現状を喜ぶ朔と望美。
二人は将臣と敦盛の不思議な空気を、弁慶が浮かべた黒い表情に気付いていなかった。


「八葉は神子の力
 天地の四神のすべてがそろうのは、神子にとっても必要な事だよ」


「へぇ やっぱり、揃うのとそろわないのとでは違うんだ?」


「うん すべてがそろった方が、神子の力になる
 神子を守る力に………すべての力に」


運命を打ち破る力に………

の問い掛けに、白龍はにこやかに頷いて答えた。
その様子を見て、敦盛は少しだけ曇った表情を浮かべた。


「ま、将臣………殿も………その、八葉の一人として、欠かせないのか………」


正体を知っているから、余計に表情を曇らせてしまったのかもしれない。


「────そうだな」


納得せざるを得なかった。
けれど、それが無理な事も敦盛は知っていた。
そして、自分もずっと共に居られない事も…………理解していた。

自分が、それが出来る存在でないことを、強く理解していた。


「……………そういえば、将臣くん」


「なんだ?」


「君はどうして熊野に?
 熊野詣にでも来たんですか?」


外套を右手で軽く掴み、ふわりと笑みを浮かべて弁慶は将臣に問いかけた。
その笑みからは、何も読みとれない。
何を考えているのか分からない、そんな表情だった。



…………べ、弁慶さん???



その様子が、表情が、なんだか違和感だらけだった。
確かに、普段から何を考えているのか分からない事が多い人物ではあった。
けれど、“どうして熊野に来たのか”を問いかけるのに、なぜ考えを隠す必要があるのか。

その笑みの奥に、何が隠れているのか。


「ああ、まあ、そんなところだ」


肯定しているものの、どこか弁慶の問いをはぐらかしているような答えだった。
微苦笑を浮かべる将臣を見て、望美は少しだけ息を呑んだ。
その反応は、まるで“何か”を知っているようにも感じてしまう。



……………そんなわけないか



けれど、は心の中で一笑した。
将臣と望美は時空を渡った時に離ればなれになったわけだ。
望美だってそう話していたし、二人の会話の流れからそのあとに交流が合ったとはには思えなかった。
だから、そう笑い飛ばせた。


「っていっても」


「ん?」


「ああ、お前らは知らねぇのか?」


将臣の声に首を傾げるに、将臣はハハッと笑い声を上げた。
腰に手を当て、ハァーっと溜め息を吐くと。


「本宮に入れねぇんだよ
 だからブラついて暇をつぶしてたんだ」


「本宮に入れないってのは?どういうことだい」


将臣の言葉にいち早く反応を示したのは、ヒノエだった。
訝しげな表情を浮かべ、将臣をじっと見つめる。


「それはちょっと困りますよね 九郎さん……」


「ああ それでは兄上の御用件が─────」


顎に指を当て、考えるように呟く望美の言葉に九郎も同じ思いだった。
何のためにここへ来たのかを考えれば、困るのは必至。
けれど、その事に意識を集中しすぎた九郎はうっかり口を滑らしそうになり────


「九郎」


ピシャリ。

弁慶の冷たい声が九郎の耳に小さく入った。
その声だけで、弁慶が何を言わんとしたのか察した九郎はハッとして言葉を飲みこみ体制を正した。

そして、弁慶は言葉を続ける。
今の九郎と弁慶のやり取りがおかしく感じさせないが為に。


「それは後にして、今は将臣くんに詳しい話を聞いてみませんか?」


「なんだ、お前たちも熊野詣か?残念だったな
 熊野本宮への道は、全部川の氾濫で通れなくなってるぜ
 今も、熊野路の先まで行って戻ってきたところだ」


将臣の言葉に、弁慶は目を瞬かせた。
この熊野の川、全部が氾濫だなんて、弁慶は信じられなかった。


「川の上流なら通れるんじゃありませんか?」


「あ、そうだよ!!
 下流は確かに川も広くなるし、流れも急になるかもしれないけど上流なら…………!!!」


弁慶の問い掛けに、ハッとしたようにもウンウンと何度も頷いた。


「いや………」


けれど、待っていたのは悲しい反応。
将臣はそう呟き、首を左右に振ったのだ。


「川の上流にも行ってみたんだがな
 人が近づくと急に増水して、とてもじゃないが通れなかったぜ」


信じがたい川の反応。
けれど、この世界なら何が起きてもおかしくはない。


「人が近づくと急に増水するなんて……
 ただ事じゃなさそうだね」


腕を組み、フゥ〜っと息を吐きながら景時が状況を分析し始めた。
そういう現状からして、考えられることは一つ。


「…………怪異?」


はふと、疑問を口にした。
怪異の原因となれば、怨霊しか考えられない。

の隣で、少しだけ考えた風に眉間にしわを寄せていた望美は、顔を上げるとハッキリとした口調でこう言った。


「大丈夫だよ きっと解決してみせるっ!」












to be continued











なんか、弁慶さんが怖いというか腹黒いというか…………弁慶さんですね(笑)←
弁慶さんってニコニコしつつ何考えてるんだろ〜って感じを出したかったので、こんな感じに(-_-;)
どっかで、また弁慶×な話を入れられたらなぁ〜とか思っております。
が…………どうなることやら。
とりあえず、一つは考えている話はあるので入れられたら本望です☆☆(ぉぃ)






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