望美達が、こんないい人達とめぐり合えていたのは……凄く良かったと思う
私にとっても、望美達にとっても
全く、無意味なことで悩んでたんだって……思えるから










雲の通ひ路 第五話










「ふっ」


今日はリズヴァーンが用事があるとのことで、剣の稽古をつけては貰えなかった
そういう日は、決まって体力づくりと素振りをすると決めていた。
その為に、まずは腕立て伏せや腹筋などの筋力トレーニングから始める。


「……向こうの世界でそれなりに身体は動かしてたから良かったものの……」


ひとまず、トレーニングが終了した
その場に座り込み、空を仰ぎ見た。
青い空が広がり、すがすがしい風が吹いていく。


「さすがに、戦うためのトレーニングとなると結構くるなぁ」


凄く痛いという痛みではない、何ともいえない悔しい筋肉痛。
痛いけど我慢出来ない程じゃないからこそ、辛いものもある。


「どうやら、頑張っているようだな」


「あ……九郎さん」


掛けられた声に、は視線を屋敷の方に向けた。
縁側に佇み、庭に座り込みを九郎は見下ろしていた。


「順調に鍛錬は進んでるよ」


「そうでなくては困るがな」


「はいはい 破魂刀、ちゃんと使えるようになれば即戦力だもんね」


九郎の言葉に肩を竦めて苦笑しながら、はゆっくりと立ち上がった。


「そういうつもりじゃ……」


「そういうつもりでしょ?
 そうじゃなきゃ普通、女を戦場に連れて行こうと考えないんじゃない?」


の指摘に九郎は何も言えなかった。
初めて、九郎と望美が会った時も九郎は頑として"女である望美を戦場に連れて行く"という事を承諾しなかった。
その事をは知らないけれど、まるでその事を指摘されたかのような感覚に九郎は陥っていた。


「私は構わないよ 自分から源氏の軍に入るって決めたわけだし
 私の力が役に立つなら……ね」


おしりについた砂埃を両手で叩き落としながら、九郎を見つめていた視線を空に戻した。


「平家っていうのは、私が初めて対峙した怨霊っていうのを使ってるんでしょ?」


「ああ」


「それで……人は凄く苦しんでる」


の言葉に、九郎は頷きながらの言葉を待った。
何を言いたいのか。
何を考えているのか。
普通の女が、こうも簡単に戦場行きを決められるはずがないと。


「私の世界ではね、こういう戦はないんです ないけど……卑劣な事件や自殺が相次いでる」


瞳を伏せて、この世界へ来る前のの世界のことを思い出していた。
食に困ることも、住まう場所に困ることもない。
お金だって、きちんと働けばもらえて暮らしていける。
それでも、そういう平和な世界に慣れてしまったのか、命を軽く見る輩が増えているのも事実だ。

戦のある時代は、きっとなくなる命も多かったけれど、命を重く考える人も多かったはずだ。


「そういう事件を見ると、いつも思うの……命ってそんな簡単なものじゃないのにって
 誰かが亡くなれば、悲しむ人がいる 誰かが悲しめば、悲しみの連鎖は止まらない」


延々と、螺旋のように回り続ける。
悲しみは悲しみを生んで、憎しみは憎しみを生む。
どこかでそれを断ち切らないと、止まらない。


「なのに、亡くなった人を怨霊にするなんて……死者への冒涜もいい所だよ
 それだけじゃなく、民をも苦しめて……」


強く強く、拳を握り締めた。
これはただ、が感じた思いばかり。
実際はどうなのかなんて、そういう境遇に立たされた本人にしか分からない。
それでも。


「私の力が役に立つなら……望美の助けになるなら……私は力になりたい
 助けを求められて、ここに連れてこられたからには……絶対私に出来ることがあるから
 それが、破魂刀を使うことなら……私は喜んで使います」


偽善かもしれない。


「そうか……」


「だから、九郎さんはあまり気にしないで下さいね?
 ちゃんと、私の意思だったでしょ?」


「はは……ああ、そうだな お前の力、頼りにしている」


「はいはーい」


軽く手を振りながら、九郎に軽い返事を返した。
その様子を見て、九郎は苦笑を浮かべ──縁側を歩き去っていった。



甘いかもしれないよね……私の考えなんて



縁側に置かれた二刀の剣に近付きながら、は肩を竦めた。
戦う理由が、凄く曖昧。
強い理由がない。

求められたからとか。
望美のためにとか。

自身の強い理由が、今はまだ、見つからなかった。
ただあるのは、友達を思う気持ちばかり。











先輩」


「あ、譲!」


「頑張ってるみたいですけど……少し休憩したらどうですか?」


剣の素振りをしていたに、譲が声を掛けた。


「ん〜……もう少し頑張るよ」


「頑張るのはいいですけど、頑張りすぎはよくないですよ」


一向に素振りをやめないに、譲は苦笑した。


「だって、早く力付けたいし」


「ほんと……春日先輩といい、先輩といい……何の躊躇いもなくって感じですよね」


「……それは、表面上だけじゃない?」


譲の言葉に、は剣を振るう手を止めた。
刃を鞘に収めながら、ゆっくりと縁側に立つ譲に近付いていく。


「躊躇いがないって事はないと思うよ 望美も、いろいろと悩んでるみたいだし……
 一人で、抱え込んでるものがあると思う」


「……ぇ」


の言葉に譲は声を漏らした。


「ただ、その悩みを解決するのは……この道しかないんじゃないかな
 だから望美は、この道をひたすら突き進んでる」


「……先輩には、敵いませんね」


「何年来の付き合いだと思ってんのよ 特に、女の子同士だよ?」


くす、と笑ってしまった。
望美からきちんと聞いたわけじゃない。
けれど、何となく分かる。


「私だってね、躊躇わなかったわけじゃないんだよ」


笑いながら呟き、縁側に腰掛けた。
剣を立てかけて、足をぶらぶらと揺らす。
その様子を見て、譲もその場に座りを見つめた。


「助け求められてもさ、実際私には何も出来ないじゃん?望美や譲みたいに何か力があるわけじゃない
 あるのは、この破魂刀だけ 破魂刀だってさ、変な音出すし、光るし、意味不明だし……分からない事だらけ」


肩を竦めながらも、破魂刀をはジッと見つめた。
触れはしない。
けれど、大切そうに見つめた。


「それでもさ、この破魂刀で力になれるなら……力になりたいじゃん
 望美も譲も、私の大事な友達 その友達が悩んだり、苦労したりしてるんだもん」


先輩も……俺と似てるんですね」


「え?」


譲の言葉に、瞳を瞬かせた。



似ている?



意味が分からなくて、何度も訝しげに見つめてしまう。


「はい 俺も、春日先輩を助けたくて……それで、一緒に居るんです」


「ああ……なるほどね あんた昔っから……ねぇ、変わらないね」


好きだから。
だからこそ、そばで支えたいと思うのだろう。
その気持ちが伝わってきて、微笑んだ。


「お互い頑張ろうね」


「はい」


ニッと歯を見せて微笑んだ。


「さてと……私は、今日はこの辺にしておこうかな」


呟き、は鞘を掴み腰に差すと縁側に上った。


「……っ」


先輩?」


ぐっと足に力を入れた瞬間だった。
ズキリと感じた痛みに、は眉間にシワを寄せた。


「なんでもない、なんでもない ちょっと足を挫いただけだから大丈夫だよ」


笑いながら手をパタパタと振った。


「大丈夫じゃないですよ!」


「そ、そんな風に声を上げなくても……足を挫くなんて珍しい事でもないしさ?」


そう言えるのは、きっとまだこの世界のキツさをは知らないから。
達の世界では何でもない怪我でも、この世界では命取りになることもある。
まして、戦に出ようとするものならば。


「あ……」


の指摘に小さく声を漏らした。
は知らないのに声を張り上げてしまったことに、ハッとした。


「それじゃ、私は行くね」


はその隙を見逃すことはしなかった。
軽く手を振り、軽く足を引きずりながら譲に背を向けた。



怪我の治療とか、いちいち面倒だし……
向こうと違って設備も整ってないだろうから……治療自体が想像もつかなくて怖いというか……



とにかく、自身は治療を受けたくなかった。
だから今の間は凄くありがたく、逃げるには最適だった。


「あ、先輩!!」


そんな譲の叫び声が背中にかかる。
けれど、その声も今は遠い。











to be continued.................






意思の確認二パターンみたいな?(ぉぃ)
たぶん、あのメンバーの中じゃこの二人が一番気に掛けるんじゃないかと。(笑)
で、原作でも思った望美のことも触れてみた。
絶対二週目以降、八葉メンバーにああいう事(譲が言ったような事)思われると思うんだよね。(=ω=)






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