弁慶さん
凄く温和で、優しくて……でも何を考えているのか掴みにくい人
弁慶さん
凄く照れる言葉を平気で言ってくる人
弁慶さん
……この人に、きっと隠し事は出来ないんじゃないかと思う

だって──








雲の通ひ路 第六話








さん?」


「あ、はい?」


掛けられた声に、立ち止まり視線を向けた。
そこは丁度、弁慶に宛がわれた部屋のようだった。


「……ちょっと中へ入ってきていただけますか?」


「え、なんで?」


今は出来れば早く、望美との相部屋には向かいたかった。
特に、薬師である弁慶に見つかれば──



ち、治療だけは……



それが一番の難問だった。


「足、どうかされたんですか?」


「……っ」


指摘に"なぜ分かる"と視線が泳いだ。
確かに、多少は足を引きずってはいたと思うがはバレないと思っていた。


「え、と……いえ、何でも……?」


視線を泳がせながら、髪の毛をくるくるといじった。


「何でもないことはないでしょう?ほら、入ってきてください」


「うぅ……治療は嫌だったから、譲からも逃げてきたのに……」


大きく溜め息を吐きながら、は弁慶の部屋の中へと足を踏み入れた。
弁慶の前に座り、足を前に出しズボンの裾を捲った。


「結構腫れてきてますね……」


言いながら、弁慶は素早く包帯での足を固定し始めた。
動かすたびにかすかにくる痛みに、多少眉が顰められた。


「少し痛いでしょうけど、我慢してくださいね……」


「大丈夫ですよ もっと、凄いの想像してたし」


意外や意外、元の世界と似た治療方法にはホッと胸を撫で下ろしていた。
その言葉に、弁慶は苦笑を浮かべ包帯を最後にきつく結んだ。


「はい、出来上がりです 痛みが引くまでは、負荷を掛けすぎないように気をつけてくださいね
 あと、寝る前に必ず少し患部を冷やしてください」


弁慶の言葉に、は「はい」とコクンと頷いた。
それから少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あの……私の不注意で迷惑かけちゃってごめんなさい」


「いえ、いいんですよ」


「それじゃ、私はこれで」


弁慶の部屋を出ようとはゆっくりと立ち上がった。
けれど、挫いたばかりの患部を固定したばかり。
ツキリと小さく痛みが足を襲った。


「わっ」


「……っと」


バランスを崩したを、弁慶が抱きしめるように受け止めてくれた。
身体が密着し、体温が直に伝わってくる。
鼓動が、聞こえてきそうで。


「ごごごご、ごめんなさい!」


慌てて身体を引き離した。
真っ赤な顔は、が照れているのを証明して。
弁慶は、そんなに一瞬きょとんとした表情を見せてから──くす、と微笑んだ。


「いいんですよ 大丈夫でしたか?」


「は、はい」


弁慶の言葉に、は静かに頷き返した。
弁慶が上手く受け止めてくれたから、足に負荷が掛かることも余計な怪我を作ることもなかった。


「一人でしっかり歩けるようになるまでは、誰かと一緒に居たほうがいいかもしれませんね」


「え?」


「無茶をされては困りますからね」


「あ……いや、無茶をするつもりは全くなかったというか……その……」


「分かってますよ あらぬ想像をして、僕のところに治療に来るのが怖かったんですよね?」


弁慶の図星の言葉に、は何も言えなかった。
まるで、墓穴を掘ってしまっているような感覚に陥ってしまう。


「……その通りでございます」


だからこそ、恥ずかしくてシュンとなってしまう。
その素直な反応に、弁慶は笑ってしまった。


「ふふっ 女性は素直が一番ですよ」


「なっ」


弁慶の言葉に、余計に顔が熱くなる。


「そういう照れる姿、初めて見ますね」


「そりゃ……来て間もないですから」


「確かにそうでしたね」


照れながらも、弁慶の言葉に返事を返し弁慶を見つめた。
けれど、すぐに向けられた笑顔に顔がまた熱くなる。


「さて……もう行って大丈夫ですよ」


「あ……ありがとう、弁慶さん」


言われて初めて、治療が終わっていたという事に気付いた。
長いする理由なんてないのに、自ら照れる要因を作る場所に居続けてしまっていた。
指摘にハッとしながらも、微笑み壁伝いに弁慶の部屋を出た。











、大丈夫?」


「え?あ、うん……あまり動けないけどね」


部屋の壁に寄りかかりながら座り、は空を見上げていた。
そんな時に望美に声を掛けられ、不意打ちでも食らったかのように視線を上げた。


「負荷掛け過ぎないようにって言われたんだって?」


「そうそう おかげで鍛錬も中止……つまらないよー、やる事ないと」


「だと思って、先生に本を借りてきちゃった」


肩をすくめるに、後ろにずっと回していた腕を望美はの前に出した。
その両手には分厚い本が握られていた。


「本?」


「うん えっとね……」


望美は視線を反らし、少しだけ言いづらそうに口ごもった。


「いい迷惑かもしれないかなって思ったんだけど……」


「何よ、言ってくれなきゃ分からないでしょ?というか、凄く気になるんだけど」


そうまで言われてしまえば、望美もひくに引けない。
『やっぱり今のなし!』なんて言えるはずもなく。


「……が使用者になった、破魂刀」


「……ぁ」


「どういう剣か分からないかなって思って……
 先生なら、そういう物に詳しい本とか持ってるかと思って、それらしいの借りてきたの」


望美の言葉でふと思い出した。
破魂刀から伝わってくる心。
それがあって、初めてあの力を使えた。
不思議な振動音も発する破魂刀が、普通の剣ではないことは使用者である自身が一番よく分かっていた。


「望美……」


「やっぱり、不思議な剣だから分かるものなら分かった方がいいでしょ?」


「うん、まぁ……そうだね ありがとう、望美」


望美の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
そうやって考えてくれるのは凄く嬉しかったから。


「けど、読めるかな……この世界の文字」


「あ……た、確かにそれが問題……だった、かな?」


そこまで考えが至っていなかった望美は、の指摘に微苦笑を浮かべた。
読めなければ本の内容が分からない。


「誰かに頼んだほうがいいんじゃないかな?」


「誰かって……誰?」


頼みやすいのは、望美と譲くらいだろう。
後の人は、まだ出会って間もないのだから望美や譲と比べれば頼みづらい。
もちろん、頼めないわけじゃないけれど。


「……私や譲くんは無理だろうから……」


譲ならもしかしたら、とは思うが読めなかったら可哀相だ。
まして、譲も同様に那須与一に弓矢を教わっている身なのだから、時間を奪いたくはない。


「九郎さんは、忙しいでしょ?景時さんだって、ヒノエくんだってそれは同じだろうし……」


「先生に聞いても、自分のためにはまずは己で──とか言い出しそうだもんね」


「うん となると……朔か弁慶さん?」


消去法で導き出した答え。
けれど、何かピンと来ない。


「朔なら……まぁ、大丈夫だろうけど弁慶さんも無理じゃないかな?」


の答えに、一つは頷き賛同するも片方には首を左右に振って否定を示した。


「やっぱり……」


予想はしていたらしく、望美の指摘には苦笑した。
歴史の通り、この世界の弁慶も義経の下では重要人物のようだ。


「私がどうかしたのかしら?」


「あ、朔」


名前が出たのだから気にはなるのだろう。
丁度部屋の前を通りかかった朔が、障子を開けて問いかけてきた。


「私の名前が出されていたみたいだけれど……いったい何の話なの?」


声を上げた望美を見つめながら部屋の中へと入り、首をかしげた。
ゆっくりと畳の上に座り、と望美を交互に見つめる。


「あ、望美がリズ先生から本を借りてきてくれたらしいんだけど……」


「私達、この世界の文字読めなくて……だから、朔なら一緒に読んでもらえないかなって、と話してたの」


「ああ、そういう事ね 私なんかでよければ、構わないわ」


と望美の言葉に、二つ返事でオッケーを出してくれた朔。
その言葉にはもちろんの事、望美も嬉しそうに微笑んでいた。


「ありがとう、朔!」


「いいのよ 仲間なんですもの、助け合うのは当然よ」


言いながら、朔が望美から分厚い本を受け取った。


「相当難しそうな本ね 所定の項目を見つけるのも大変かもしれないわね……」



や、やっぱり一人で読破しようとしなくて良かったのかも……



朔の言葉を聞き、はそんな事を思った。
もし一人で読破しようとしていたら、出来なかったかもしれないし、諦めていたかもしれない。
もちろん、朔が手伝ってくれるからと言って読破できるとも限らないし、所定の項目を見つけることが出来るとも限らない。


「私は何も出来ないけど、応援はしてるよ!」


「ふふ、ありがとう……望美」


「本を借りてきてくれただけでも、十分だよ」


「それで、 いったい何を調べたいのかしら?」


朔の言葉で、まだ何を調べようとしていたのかを伝えていない事に気付いた。
ポカンと口を開き、それからクシャッと表情を緩めて笑った。


「そういえば言ってなかったんだよね
 破魂刀って剣について……何か記述がないかなって」


「ああ、そういう事ね 分かったわ」


そういいながら、朔は本のページを捲り始めた。











to be continued..................





弁慶さんとの絡みと、破魂刀への問題。(ぅわ)
記述……何か見つかるのかなぁ……前の使用者についてとか?
絶対、破魂刀の効果についての記述はないんじゃないかって思うんだよね……うん。






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