、知ってる!?今日、市が開かれるんだって!」


望美のそんな言葉さえ聞かなければ、たぶん行きたいと思わなかっただろう。
治るまで、ずっと京邸に居たことだろう。

その、の言葉がなければ。










雲の通ひ路 第八話










「市かぁ……」


あれから、だいぶ足は良くなってきていた。
完治まで、あと少しというほどまでに。
だから行こうと思えば行けることはいけるのだが。


「どうしようかなぁ……」


悩む理由はただ一つ。
市となれば人ごみが凄いことになるだろう。
完治まであと少しとはいえ、まだ完治はしていない状態に代わりはなく。
そんな状態で行って怪我を悪化させたらと、それが気になって仕方がなかった。


「どうしたんですか?」


縁側に座り、庭の花を眺めていたに声が掛かった。
視線を上げると、いつもの笑みを浮かべた弁慶がそこにいた。


「今日、市が開かれるらしいですね」


「ええ どなたから聞いたんですか?」


「望美から」


出歩いていないが知っていたことが不思議だったのか、弁慶は首をかしげた。
問い掛けに、は完結に答えると弁慶は「なるほど」と笑いながら納得し。


「行きたいですか?」


「まぁ、興味がないと言ったら嘘になるし……」


呟いたのもつかの間。
は弁慶に腕を掴まれ、勢い良く立ち上がらせられていた。


「弁慶さん?」


「足、だいぶ良くなってきていますし……少しくらいなら大丈夫だと思いますよ」


言っている意味は分かるけれど、さっきの言葉との繋がりがまるっきり理解できなかった。
は、弁慶の茶色の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「一緒に行きますか?」


「え?」


「行きたいんでしょう?」


「そりゃ……まあ……」


「なら、答えは一つではありませんか?」


上手い具合に話を持っていかれている気がしてしまう
けれど、行きたいと思っていたことは事実だから。


「……行く!!」


素直に、そう声を上げたに弁慶は微笑んだ。
腕を掴んでいた手で、今度はの手を握った。


「痛くなってきたらすぐに言ってくださいね」


「はい」


そういって、の足を気遣いながら弁慶は市の開かれている場所へと歩みを向けた。











「うわぁ……」


予想以上に大きな市に、は感嘆の声を上げた。
見渡す限り、いろいろな出店がある。
反物をはじめとし、食物やアクセサリーなどなどたくさんだ。


「何か気になるのはありましたか?」


「あ、たくさんありすぎて……目移りしちゃうんだけど」


「では、順に見ていきましょうか」


微苦笑を浮かべ、全てが気になると遠まわしに言うに弁慶はクスッと笑った。
が歩きやすいように人を掻き分けながら先を歩き始める弁慶。
あちらの世界でいうエスコートをされているような気分にはなった。



やっぱり大人だなぁ……
手馴れてるっていうのかなぁ……



そんな弁慶の背中を見つめながら、はそんな事を思った。
八歳も差があれば、そう感じてしまうのも仕方がないだろう。


「……さん?どうかされましたか?」


「え?あ、ううん!なんでもない!」


すっかり考え事に耽ってしまっていたは、弁慶が声を掛けてくれるまで立ち止まっていた。
慌てて意識を覚醒させると、パタパタと両手を振った。


「そうですか?それとも……このお店のものでも気になりましたか?」


「え?」


言われてお店へと視線を落とした。
そこにあったのは、小さな袋に包装された匂い袋だった。
とてもよい香りが立ち込めていた。


「うわぁ……いい香り 全然気付かなかった」


前かがみになり、店に出されていた匂い袋を見つめた。
綺麗な袋から可愛らしいもの、大人っぽいものまで様々で。
また、その中に包み込められている香も種類がたくさんあったようだ。


「あ……これいい香り」


一つを手に取り、すぅっと鼻から匂いを嗅いだ。
強すぎず、けれど弱すぎない落ち着きのある香りだった。


「それが気に入りましたか?」


「え?あ、はい でも……お金持ってないから買えないし」


そう呟き、はそれを店に戻そうとした。
けれど、弁慶がその手を止めた。


「弁慶さん?」


「僕が買ってあげますよ」


「え!?で、でも悪いって!!」


何を言い出すのかと、は驚いて首を左右に振った。


「初めから見るだけのつもりだったし!」


「いいんですよ こうして連れ出したのも僕なんですから」


そう言いながら、弁慶はの手から匂い袋を取ると店の人にお金を手渡し購入してしまった。
嬉しいけれど、なんだか申し訳ないような気がしてしまう。


「少しは、こうしてこちらの世界を楽しんでもらわないと割に合わないですからね」


いきなり呼ばれてしまった
ただ鍛錬して、手伝って、戦って。
そんなことばかりでは駄目だと、弁慶は笑いながら呟き匂い袋を手渡した。


「……ありがとうございます」


それを両手で包み込むように持ち、嬉しそうに微笑んだ。
家族以外の誰かから初めての贈り物。
ポッと胸に明かりを灯すようで。


「それで、さっきはいったい何を考えていたんですか?」


「へ?」


「このお店を見ていたわけじゃなかったようですからね……」


その指摘で、先ほど自分の発言で墓穴を掘っていたことに気付いた。
ぽかんと口を開けてから、あちゃ〜と苦笑を浮かべた。



ほんと、弁慶さんには適わないというか……
上手く流されてくれないというか……



苦笑しながら、肩を竦め。


「弁慶さんはやっぱり大人だなって思ってたんです まぁ、八歳も差があれば当然ですけど」


「そんな事を考えていたんですか?」


の言葉に弁慶は苦笑した。
まさか、そんな事を考えていたとは思わなかったから。


「え、だって……何だか、凄くエスコートしてもらってるみたいだったから」


「えすこーと?」


「あ、えっと……男の人が女の人に付き添って、えーっと……案内してくれること……かな?」


なんと説明すればいいのか分からなかった。
分かりやすく、今の状況に当てはまる言葉を必死に探しは説明をした。


「ああ、そういう意味でしたか でしたら、それは正解ですよ、さん」


「え?」


「先導して案内するつもりでしたからね そう感じてくださっていたなら、良かったですよ」


いつもと変わらない笑みを浮かべる弁慶に、一瞬きょとんとして。
それから、嬉しそうに照れ笑いをは浮かべた。


「付き添い、弁慶さんに頼んでよかったかも」


嬉しそうにポツリと呟いた。
その言葉を聞いていたのか、弁慶も嬉しそうに微笑んだ。









to be continued...................






弁慶絆の関、成功かな?(笑)
こういう日常的な内容も短編みたいだけどいいかもしれないと思った……うはは、面白いよw






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