あれから、すぐに足はよくなった
弁慶さんの治療がよかったのか、あまり動かずにいたのがよかったのか……

それは分からないけど








雲の通ひ路 第九話








「ちょっと散歩してくるね」


足がよくなって身体を動かしたくなったは、望美にそう告げた。
立ち上がり身体を伸ばしながら。


「え?一人で行くの?」


「うん 京の町中なら一人でも大丈夫でしょ
 京の人達だって、普通に暮らしてるんだし……ね?」


確かに危ないごろつき風情はたくさん居る。
それは向こうの世界でもいたのだから、大丈夫だとは笑った。

リズヴァーンに稽古をつけて貰い、ある程度の実力はついた。
稽古をつけてもらえないときは、体力作りや素振りをしていたから体力だってついた。
だから大丈夫だと。


「……気をつけてね?」


「もちろん、分かってるよ」


それでも尚、心配する望美には満面の笑顔で返した。
破魂刀を腰に差し、軽く手を振りながら。


「それじゃ、行ってくるね」


部屋を出た。



望美は心配し過ぎなんだから



そんな風に、内心苦笑しながら。
それでも、心配される事が嫌なわけじゃなく嬉しくもあったから、表情は緩みまくりだった。










「桜……綺麗だなぁ」


満開の桜は、朝でも昼でも夜でも凄く綺麗だった。
咲き誇る桜を見上げながら、は感嘆の声を上げていた。



みんなと一緒に見たかったなぁ



がくる前に望美と八葉全員で夜桜を見に行ったと望美が話してくれていた。
だからこそ、余計に一緒に見たかったと思ってしまったのだろう。


「……っめ ……てください!!」


遠くから、途切れ途切れの声が聞こえてきた。
いったい何なんだと、あたりを見渡すと一人の女性の腕を掴みどこかへ連れて行こうとしている男達の姿があった。



一人の女に、男三人って……



慌てて四人の下へと駆け出した。


「ちょっと!!何してるの!?男三人でよってたかって!」


厳しい声を上げた。
全く知らない女性だったけれど、男三人に無理矢理連れて行かれそうになるのを放っておけなかった。
こういう場合、連れて行かれた先に待つものは"いいこと"じゃないという事だけは何となく分かっていたから。

無謀だとしても、は行動せずにはいられなかった。


「何、だと?ちょーっと話をしたかっただけだぜぇ?」


ジロリとを見やり、男はニヤニヤと笑いながら呟いた。
気分の悪くなるような、嫌な目つきだった。


「にしては、この人は嫌がってたみたいだけど?」


男から女性を引き離し、きっぱりと言った。
と違って、目の前にいる女性は何も出来ないか弱い女。
だって、男や鍛錬に勤しんでいる望美に比べれば何も出来ないか弱い女だけれど。


「貴様……」


ギリ、と奥歯を噛み締め男はを睨んだ。
折角捕らえられそうだった獲物を奪われたのだから、平然としているはずもなかった。

カチリ……

剣に触れる音が響く。


「行って」


「え?でも……」


「早く逃げたほうが身のためだよ」


呟くに、一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべた女性。
けれど、すぐに男が剣の柄を握っている姿を見るとペコリと頭を下げ駆け出していた。



上手く、私も逃げられればいいんだけど……



相手がどれくらいの力量かは分からない。
けれど、確実に分かるのは始めたばかりのよりも男達の方が腕が立つということ、女の力よりも男の力が勝るということ。
そして、倒せるはずもなく、男達の攻撃を受け止めるしか出来ないということだった。


「はぁ!」


「──っ」


切りかかってくる男に、慌てて剣を抜き受け止めた。
ギリギリと嫌な音が鳴り響き、力強い力を必死に受け止め続けた。

腕は痺れ、けれど力を抜くことなんて出来ない。
力を抜いてしまえば殺されてしまうから。


「く……そぉ……」


下唇を噛み、悔しそうに表情を歪ませた。
逃げることもままならない。
引かせることもできない。


「おい……」


「……ああ」


そんなをよそに、男二人は何かを話し合っていた。


「女を逃がしたんだ、こいつに付き合ってもらおうぜ」


嫌な笑みを浮かべ、男二人はを品定めするように頭から足先までじろじろと見つめた。



……え?



ゾワリと嫌な予感が背筋を通った。
それと同時に、腹部に衝撃が走り意識がまどろんでいくのが分かった。


「ぅっ……」


身体を折り曲げるように力を失い、破魂刀を地面に落とした。
そのまま視界は闇に染まり始め、身体は地面へと吸い寄せられていく。



しまった……



そういう行動に出るとは予想もしていなかったは、不意打ちを食らってしまったのだ。
なす術もなく、そのまま──意識は途切れた。










、遅いなぁ」


ちょっと散歩してくると言っただけれど、なかなか帰ってこなかった。
何か興味のあるものでも見つけたのか、それとも迷子になったのかと。
けれど、胸に感じるものはそういうものではなくて。

言いようのない、嫌な予感だった。


「望美さん」


「はい?」


の帰りを待っていた望美の下に、弁慶と九郎が姿を現した。


さんはいらっしゃいますか?」


「え?ちょっと前に散歩に出かけて、まだ帰ってきてませんよ?」


「なんだと?」


望美の答えに血相を変えた表情を浮かべたのは九郎だった。
その様子に、望美は首をかしげ。


「何かあったんですか?」


立ち上がり問いかけた。


「いえ、先ほど怪我をされた女性が僕の所に来たのですが……」


「ごろつきに襲われた所を、金色の剣を持つ女に助けられたと言っていたんだ」


「!」


弁慶と九郎の言葉に望美は目を見開いた。
その話は、の持つ破魂刀にそっくりだったから。


「それで、がいるかどうか確認しにきたわけなんだが……」


「出掛けていましたか しかも、まだ帰っていないとは……」


腕を組みながら、思案する二人。
望美はハラハラとしたものを感じながらも、何をすればいいのか思いつかなかった。


「どうしよう……私、さっきから嫌な予感ばかりしてるんです!!
 に何かあったら……何が何でも、ついて行けばよかったっ」


顎を触るように考え込みながら望美は呟いた。
が強いのなら心配は要らなかったが、剣術を始めたばかりの──いわば初心者だったから。

望美とは違うのだ。


「探しに出ましょう」


「ああ、そうだな 他の者には屋敷で待っていてもらうことにしよう」


「はい もしかしたら、帰ってくるかもしれないですし」


弁慶の提案に、九郎も望美も同意だった。
すぐに頷き武器を装備して、部屋を出た。


「まだは来たばかりだから、ここがどれくらい危険か分かってないんだ……」


「そうだろうな お前の話を聞く限りでは、似たようなごろつきが向こうの世界にいても、危険度は違う」


望美の言葉に九郎は頷き、低く呟いた。
望美達の世界のごろつき風情は、いわば不良のような存在。
けれど、ここの世界では剣などの武器を持ち──殺すことだって出来てしまう。
向こうの世界でもあることだけれど、その度合いが違うのだ。

ここは、誰もが武器を所持できる。
懐に、腰に。
隠しながらも、堂々とも。











「……う」


小さく声を漏らし、は目を覚ました。
身体を動かそうにも、上手く動かすことが出来ず。


「え?」


目を開き、そこでどういう状況に置かれているのか理解した。


「ちょ、離して!!解いて!!」


声を荒げ、は身体を揺らした。
両手首を身体の後ろにねじり上げられ、紐で縛られていたのだ。


「ようやく目を覚ましたみたいだなぁ」


「ち、近寄らないで!!」


どこかの屋敷なのか、倉庫なのかは分からなかったが、屋外ではなかった。
嫌な笑みを浮かべる男が、に近付いていった。

身の危険、命の危険を感じ、は後ろに身体をずらしながら声を上げた。


「おいおい、随分な言われようだなぁ?折角、目が覚めるまで待っててやったってのによ」


「それは違うだろ、お前 女が泣き叫ぶ様子を見るのが最高だって言ってたじゃねぇかよ」


「だっはっは そうだったなぁ」


壁のあるところまで後退してしまったは、男三人に四方を塞がれ逃げ場のない大ピンチに陥った。
ゆっくりと、の前にしゃがみ込み。


「じゃ、早速始めるとしようか」


「ああ、目覚めたことだしな」


その言葉と同時に、に伸ばされた三つの手。
どうする事も出来ず、息を呑み目をギュッと頑なに閉じて顔を背けるしか出来なかった。



助けて……弁慶さんっ










to be continued.....................





この時代なら、こういうことも結構あるんじゃないかなーって。
今とこの時代の違いは、武器を持ち歩ける確率の高さ?(ぉぃ)






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