「……馨?」


肩に添えられた手に、は眉を顰めた。
どうしたのだろうかと、上目遣いに間近にある馨を見つめ。


「──っ」


馨が息を呑み、強い眼差しでを見つめた瞬間。









NotxxxPersist-ence 第三十三話









「んぅっ!?」


繋がっていた額は離れ、代わりに唇が繋がりあっていた。
驚き目を見開き、必死に離れようと馨を押す。



う、動かねぇ……



馨は全くビクともしなかった。
それが余計に、の不安を煽り。


「ん!かおっ……んっ」


必死に唇を離し、止めようと名前を呼ぶ。
けれど、すぐに二人の唇は繋がりあってしまっていた。
行き交う人の視線が、凄く恥ずかしかった。
女であることがバレてしまっているのだから、そういう誤解を招くことはない。
けれど、違う誤解を招きそうで怖かった。


「スト……ス、ストップゥゥゥ!!!」


その叫び声と同時に、は馨の頬を叩いていた。
涙目で、真っ赤な顔をして睨みつけて。


「……っ」


息を呑みながら、手の甲で唇をごしごしと拭っていた。



なんで?
なんでだ?
どうしてっ



ワケが分からず、は答えの出ない問い掛けを続けていた。


「あ、ご、ごめん」


の叫びと頬への痛みで我に返った馨は、震えた声で謝った。
動揺を隠せていなかった。


「あ、謝んなら最初っからすんな!!馬鹿やろう!!」


真っ赤な顔でそう叫び、は馨を置いて駆け出していた。
行く当てなんて別にない。
ないけれど、その場に居られなかった。


!!」


後ろから、そんな馨の声が聞こえたけれどは無視をして駆け続けた。












「おっと」


「わ、悪い!!」


人とぶつかりそうになった。
慌てて顔を上げながら謝り──そこで固まった。


……どうした?」


真っ赤な顔をして、切羽詰ったように走っていた
何かあったかなんて、すぐに分かるけれど。
ぶつかりそうになった相手──崇はあえてそこに触れることなく問いかけた。


「モリ、先輩……」


呟いた瞬間、自分をよく知る崇に会った瞬間、張り詰めていたものが切れた。
堪えていた涙がぶわりと溢れ、真っ黒の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「っ!?」


さすがに崇は驚いて息を呑まずにはいられなかった。


「ごめ、泣くつもりなんて……」


「……いい 構わない」


しゃくり上げるの背中に腕を伸ばし、引き寄せると崇はその広い胸をに貸した。
短い言葉。
全てを語らない。
それでも、全てを包み込むような包容力はあった。


「俺、どうしたらいいのか……も、分からねぇよ」


ぐるぐると回る頭の中。
光が好き。
馨も、どちらかと言えば好きと言える。
けれど光には振られ、馨には突如キスをされ、困惑せずには居られなかった。


「何があった?」


「言えない」


あんな事、誰かに言えるようなものではなかった。
相談することなんて出来るはずもない。
まして、関わりの深い、関わりの長い崇になんて。


「分かった」


ただそれだけ言って、崇はもう聞いてはこなかった。
それが、崇のいい所でもあった。
無理に聞かない、話してくれるのを待つ。


「だが……馨だな?」


「──っ」


崇の問い掛けにの肩が揺れた。
パッと視線を上げ、丸い瞳で見つめてしまう。



なんで、分かったっ!?



「馨と一緒に学院を回っているのを知っていた」


まるで心の中を読まれたような、崇の言葉。
けれど、今のにそんな事まで意識が回る余裕なんてなかった。


「……何があったかは知らないが、あまり溜め込むな」


「……っ」


たったそれだけの言葉だった。
それでも凄く心を揺さぶって、突いて、涙が止まらなくなる。


「ひっ……う、……ぅえぇぇ……ひんっ」


涙を流し、崇の胸に顔を押し付けた。
泣き顔を見られたくなかった。
泣き声を塞ぎたかった。

どうして?
そんな問い掛け、何度したって答えなんて出てこない。
答えを持っているのは、キスをしてきた馨本人だけなのだから。


「泣けるだけ泣け」


背中を摩る大きな手。
凄く安心できる手の温もりに、はとことん涙を流した。
目が赤くなろうが、腫れようが構わないと言わんばかりにボロボロと。










「ごめん……モリ先輩」


ごしごしと目を擦りながら、は謝った。
たくさん泣いてしまった。
理由も知らない、無関係の崇の目の前で──否、胸の中で。


「さっきも言った 構わないと」


「あ……ああ、そうだったな ありがとな」


フッと笑みを浮かべ、それからお礼を口にした。
謝るよりも、きっとお礼の方が受け取ってくれるだろうと。


「構わない それでの気が済んだなら」


「ああ、泣いたら凄くスッキリした」


まだ、モヤモヤするものはあるけれど少しだけスッキリはした。
涙を堪えられるほどには。


「崇ぃ〜?」


「光邦」


後ろの方から掛かった声に、は視線を落とした。
そこには、遠くから駆け寄ってくる光邦の姿があった。


「ハニー先輩」


「どぉしたのぉ?泣いてたのぉ?」


首をかしげ、光邦はを心配した。
見た感じからすぐ分かる程に、の瞳は真っ赤に充血し腫れていた。


「あ、ああ……少しだけ、な」


「大丈夫ぅ?」


見て分かるのだから誤魔化したって意味がない。
だからこそ認めたのだが──余計に光邦に心配をさせてしまったようだった。
を覗き込むように見つめた。


「ああ……もう大丈夫だ」


「僕にはそうは見えないよぉ?」


崇もそうだったけれど、光邦も凄く鋭い眼光を持っていた。
全然大丈夫じゃない。
今はただ涙を堪えられるまでに回復しただけだったから。

ショックなことが続いて、我慢出来るだけきっと凄いのだろう。


「──っ」


「ねぇ、ちゃん 何があったのぉ?」


全てを見透かしているような光邦の視線に、は息を呑んだ。


「俺……俺……っ」


言いそうになった。
振られたこと、キスされた事。
でも、言っていいものかと悩み口ごもってしまう。


ちゃん?」


「悪い……言えない」



言っちゃ駄目だ
これは、俺一人で解決しなきゃ……誰でも、好きになれば通る道なんだから



首を左右に振りながら、は言えないと言った。
コレだけのことで挫けていては、何も出来ないじゃないかと。


ちゃん 言わないで、崩れたりしない?」


光邦は、一人で抱え込んで自滅してしまう事を危惧していた。
かつての光邦もそうだったから。
好きなものを封印し、一人で全てを抱え込もうとしてどんどん悪い方向へ進んでいたから。
あの時、環の救いの手がなければどうなっていたかなんて分からない。
それはたぶん、あのホスト部に居る人全てにおけるものだと思う。


「それが心配だ」


「だよねぇ、崇」


光邦の案に崇も賛同していたようで、顔を見合わせ頷きあった。
その様子に、はどうしようもなく無言を決めるしか出来なかった。


「大丈夫だ 俺を誰だと思ってんだよ、ハニー先輩、モリ先輩?」


ニッと、無理に笑ってみせた。
時間が経てば言えるものだと、は思った。
何より、言ってしまうことで仲間の絆に亀裂を生んでしまうんじゃないかとも思った。


「本当に駄目になったら、誰かに相談すっからさ」


「……絶対だ」


「ああ」


「約束だよぉ?」


「分かってるって」


念を押す崇と光邦に、は苦笑した。
ここまで心配してくれる先輩に恵まれて、本当に自分は幸せ者だとは思った。








to be continued.................





とうとう手を出してしまった馨。
この後、主人公と馨の関係はどうなってしまうのでしょうか。






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