"好き"と"嫌い"。
二つの感情は、まるで紙一重で──どちらにも染まるし、どちらにも染まらない。
NotxxxPersist-ence
第三十六話
「いらっしゃい」
あれから数日、は部活に復帰していた。
戻ってこれないかと思っていた部活に、戻ってこれたのは部員の計らいと──
まさか、みんなが頑張ってくれたとは思わなかったな
部室を訪れる女生徒達を見つめて、は思った。
中には反対する女生徒達もいたものの、大半の女生徒達がが部員に残れるようにと頑張ってくれたのだ。
「くん……ええと、、さん?」
呼び方に困るように、首を傾げる女生徒達。
はそんな戸惑いをぬぐうように、ふっと不敵な笑みを浮かべると。
「何、あんたら女の俺に持て成されたいのか?」
「そ、そんな事ありませんわっ わたくし達は、今までのくんがよくて……」
「じゃ、今まで通りに呼んでくれりゃーいいって」
笑いながら、鏡夜から告げられた接客席へと案内していく。
先に女生徒達を座らせて、それから向いの席にが座った。
「なんか、俺の為にいろいろしてくれたみたいだな」
カチャカチャとグラスを扱う音が響く。
「はい やはり、わたくし達はくんにはホスト部に残っていてほしかったの」
「まったく 余計な事しやがって……」
「え?」
の言葉に、まさかいらない手出しをしてしまったのかと女生徒達は心を揺らがせた。
けれど、はそんな女生徒達の反応に無関心のまま──グラスを差し出した。
「これくらい、俺一人だってなんとか出来たっつーの でも、ま……」
言い掛けて口ごもる。
いつもの戦略なのに、女生徒達はみなドキドキとした表情でを見つめていた。
何を言われるのか、どんな言葉が飛び出てくるのか、ヒヤヒヤとしていた。
「さんきゅーな まじ、助かったわ」
呟くと同時に、カランとグラスの氷が音をたてた。
の言葉に、その浮かべた笑顔に、同じ女だと分かっていても女生徒達は顔を真っ赤に染め上げずには居られなかった。
「バレても相変わらずなんだね、は」
「ああ、ハルヒ ま、こうじゃなきゃ俺じゃねぇだろ?」
近くを通りかかったハルヒに、は笑った。
はこういう性格だと誰もが思っているし、自身だって淑やかにしているつもりもなかった。
一番これが自分らしくて、ベストな環境なのかもしれない。
「だけど、早いとこ光と馨と仲直りしなよ?」
「は?いつも通りだろ?」
「どこが」
ハルヒの指摘に目を丸くした。
いつも通りにしているつもりだった。
だからこそ、なぜぎこちなさが見えるのかと驚かずには居られなかった。
「わたくし達も、その事……心配していたの」
「は?」
まさか、ハルヒだけならず女生徒達の口からも告げられるとは思わなかった。
俺はどんだけバレバレなんだ?
隠せていると思っていた。
何もなかったように出来ていると思っていた。
思っていたのに──それは、から回っているだけだった。
「何があったのかはご存じありませんが……仲直りをされるなら、早い方がいいわ」
「いや……喧嘩をしてるわけじゃ……」
「では、どうしてあんなにもぎこちないの?」
問い掛けに、は言葉に詰まった。
何も言えない、言葉が見つからない状態だった。
言えるわけねぇだろ……これは俺の問題であって……
それで、俺はちゃんと一人で解決したはずじゃ……
そう思っていただけで、解決なんて何一つしていなかった。
光を好きな事も、好きというまま止まっただけ。
馨がを好きなのも、聞く耳を持たず聞く前に戻っていると思い込んでいるだけ。
口づけだって、同じだ。
「いつまで目をそらしてるつもり?」
「──っ」
ハルヒの言葉に、がギリッと奥歯を噛みしめた。
「ハルヒには関係ねぇだろ!?俺の気も知らねぇで……!!」
「知るわけないよ だって、全然話してくれないじゃん」
ただの八つ当たりだった。
けれどハルヒは嫌な顔一つせず、平然と答えてくるから余計にをイライラさせた。
光はハルヒが好きだから、だから諦めないとと思っているのに、そんな気も知らないで、と。
そう思っても、ハルヒ自身知る由もないのだからの気持ちが分からないのは当然だ。
「話せるわけねぇんだよ!!それくらい分かれよ!」
ガタン、と立ち上がった。
今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「くん?」
「あー……もう、本当にワケわかんねぇ」
ぐちゃぐちゃと、両手で自らの髪を乱した。
そうやって表情を隠そうとしたのだ。
光に好かれるハルヒが羨ましかったんだっ
光に好かれたかったっ
なのに、馨が気になって……馨といると落ち着いて、心地よくて……好きに、なりそうで……
でも、でも──っ
動けない光への思いと、動きだそうとする馨への思い。
けれど、どちらもは動かせずにいた。
光を諦めて馨を好きになってしまえば、きっと楽なのにそうする事が出来なかった。
気持ちに素直になって、心の変化を受け入れることが出来なかった。
光と馨の、過去の言葉が原因で。
「悪い 俺……ちょっと頭冷やしてくる」
言うと、髪をぼさぼさにしたまま準備室の方へと歩いて行った。
「彼女達の後始末、ハルヒに押し付ける気か?」
「悪いな、鏡夜先輩 だけど、あのまま居たら……」
「彼女達にもやつ当たりをしてしまう、だろうな 仕方ない 少し、奥で休んでいろ」
盛大な溜め息と同時に告げられた鏡夜の言葉に、はホッと安堵した。
何を言われるかと思っていた為、予想以上に優しい言葉に自然と微笑んでしまう。
「さんきゅー、鏡夜先輩」
言ってパタンとドアが閉められた。
「……ずいぶんと、追い詰められているようだな」
カチャリとメガネを掛け直し、溜め息をついた。
詳しいことは知らない鏡夜だけれど、何となく想像は吐く。
噂などをかき集めれば──それなりの情報は揃うものだから。
「……嫌んなる、まじで」
ドアを閉めると同時に、その場にしゃがみ込んだ。
頭を抱え、大きく溜め息を長く吐くと頭を抱えたまま視線を上げた。
「俺って、こんなに嫌な奴だったんだな……」
何もかもに耳を塞いでなかったことにしようとしてる。
光を好きじゃなくなるまで、光を好きでいる自分で居ようとしている。
自分にも光にも馨にもハルヒにも嘘を吐いて、一番安全で安心できる場所に居ようとしている。
「ほんと……嫌だ」
言って、顔を膝に埋めた。
涙が込みあがってくる。
こんなに弱っちくて、こんなに泣き虫で……
馨の方が……大人で、きっと、強い……
自分がちっぽけな虫けらに見えて、溜め息が出る。
その息の間にも、絶え間なく涙は瞳から零れ落ちていて。
「好きに、なっていいなら……なりたい 心が変わってもいいなら、変わりたい
どっちでもいいわけじゃないって……分かってくれるなら、それなら……俺は……」
「何、 そんな事で悩んでたわけ?」
聞こえた馨の声に、ビクリと肩を揺らした。
振り向けば、開いている扉──佇む、馨。
「た、立ち聞きなんて行儀悪いぞ!」
慌てて立ち上がり、は開かれていた扉を閉めようとした。
けれど、馨の足がそれを阻止するように扉の間に差し込められる。
「もしかして、……昔の──中等部時代の僕らの言葉を気にしてた?」
「ゔ……」
視線を逸らし、後ずさっていく。
扉を抑える力が無くなった事をいい事に、馨は準備室の中へと入る扉を閉めた。
徐々に縮まっていく距離。
の逃げる距離も──徐々になくなっていった。
「僕ら、あの頃みたいな考え方はしてないよ?ちゃんと分かってる」
縮まった距離は、すでに手で掴めるほど近くにまでなっていた。
「の本心を、僕は聞きたい」
しっかりとの腕を掴み、じっと瞳を見つめた。
「〜〜〜〜っ!!」
ゾワリとした感覚が、背筋を這い上がっていった。
『好きになるかもしれない』と、口が勝手に動いてしまいそうになるくらいに吸い込まれそうな瞳だった。
「俺はっ……光が好きなんだ!馨じゃねぇ!」
パシッと振り払うように腕を払い、じっと馨を見た。
馨から救いの手を差し伸べてくれたのに、前に進むキッカケを──素直になるキッカケをくれたのに、それを自らもみ消した。
まだ、あと少しだけには勇気が足りなかった。
前に進む勇気が、素直になる勇気が。
「また、そういう事を言って──」
「本当だ!!俺の気持ちは俺が一番よく知ってる!」
叫ぶと同時に、ボロボロと止まりかけていた涙がこぼれた。
馨の登場と同時に止まりかけていたのに、まだ感情の起伏に合わせて溢れ出す。
「頼むから、これ以上俺を翻弄するな!!俺の気持ちを変えようとするな!!」
頼むから、俺が馨や光から嫌われる確率の高くなることをするなっ
そんな事ないと、心の片隅で分かっているのにそう思ってしまった。
移り気──それをしたら嫌われる、そんな恐怖心が植え込まれていたのか。
それが、勇気を振り絞る力を削いでいた。
「俺はこのまま、光を好きでいるか、いつか光を好きじゃなくなるか……どっちかしか道はないんだよ!」
道はそれしか残されていないと思い込んでいた。
どうして?
そう問い掛ける人は誰もいない。
の気迫に押され、馨はそんな問いを口にする事なんて出来なかった。
すでに、その問いの答えになるであろう"過去の馨達の発言が原因"という事を否定されてしまっているから。
「……それでも、僕はが好きだ」
胸が苦しくなるほどに、心が揺れる。
は下唇を噛み、馨の言葉に返事をすることなく扉の方へと歩いていった。
to be continued................
ここで主人公の気持ちを加速させるなり、気持ちの変化を素直に受け入れさせてもいいかなーと思ったんですけどね。
だけど、とりあえずまだ意固地になって思い込んでる設定で。
でも、実は気持ちの変化を受け入れて気持ちを加速させる話はすでに考え始めているという……(笑)
たぶん、遠からず執筆出来ると思います。
光とハルヒがデートする回の前後あたりにそういう話を入れられたらと思うので。
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