馨が光に思いやる気持ちを持たせるために、いろいろと試行錯誤をしている様子を見て俺は思ったんだ



「俺も……行動をしなきゃいけない時期になってきたのかもしれねぇな」


馨や光だけじゃない。
も前進しなきゃいけない時期にき始めたのかもしれない、と肩を竦めた。
成長した光を見て、それは余計に強く感じた。








NotxxxPersist-ence 第四十三話








「父さんと母さんと……姉さん、か」


の家族は、とても溝の深い、まるで他人同士がやりたくもない“家族ごっこ”をしているような家族だった。
だからこそ、その家族と対面して会話をしなければいけないと考えると。



逃げ出したいな……



避けたいと、は即思ってしまう。
そう思うように、心が出来あがってしまっているのだ。

両親を、姉を前にすると、の身体は悲鳴を上げる。
“逃げたい”と。
両親と姉を前にすると、の心は時を止めてしまう。
“全てをやり過ごす為”に。

そんなのは、本当の家族なんかじゃない。
どんなに冷めた家族でも、どんなに壁のある家族でも、身体も心も拒否をする家族なんてあり得ない。
それこそ、義理の家族でなければ……


「駄目だ……
 将来の事を考えると、どうしても通らずにはいられねぇ道だ……頑張らねぇと……」


馨との将来。
それを考えると、はどうしても家族と話しあわずにはいられなかった。
どんなに辛い境遇に合わせられていても、どんなに辛い事を虐げられていても、家族には変わりない。
義理でもなんでもない“本物”の家族なのだから。












「……はぁ こうも、本家の敷地に入るのが緊張するとは思わなかった」


すでに、男言葉を使っている事も知られている今、女言葉では自分を飾る必要はなくなっていた。
ラフな男物の服に身を包み、は呼吸を整え──家の門の前で佇んでいた。


「でも、ここまで来たんだ 意を決していかないと意味がねぇ」


グッと拳を握りしめ、はようやく決意をした。
深く息を吐き、それから息を吸い込むと同時に目の前のチャイムを押した。
それは、離れた邸へと訪問者が来た事を知らせてくれる。


『はい、どちら様でしょうか?』


「……だ 話したい事がある 開けてくれ」


聞こえたインターフォン越しのメイドの声に、は簡潔に答えた。
こうして、両親との間に一度でも第三者が入ることがにとっては唯一の救いだった。


『少々お待ち下さい』


たとえ家族だったとしても、相手は
メイドは両親に言われているのだろう、が来た時は一度自分達に取り次げ──と。



本当に……俺は嫌われたもんだな……
まあ、仕方ねぇか……
俺はあいつらにとっては“いらない子”で“必要ない子”で“無駄な子”だもんな



思いだすだけでも辛い両親の発言を、は心の中で呟いた。
それは、幼少のころから言われ続けた残酷な言葉。
その言葉があったからこそ、は自分の事をぞんざいに扱ってきた。

道具だと、思うようにしてきた。

だからこそ、怪我に鈍感で、けれど他人の怪我には敏感な性格が出来あがった。



でも、そんな俺にも必要としてくれる人が現れたんだ……
家族には必要とされなかった俺が……道具としてしか必要とされなかった俺が……

初めて、俺の存在が……必要だと……

こんな俺を必要としてくれた



それは、どれだけ嬉しい事だっただろうか。
は思いだしながら、嬉しさに胸を焦がしていた。
そんな中、インターホンの音が耳に入る。


『今、門を開けます どうぞ中へお入りください
 旦那様と奥様と……稗様がお待ちです』


なんとも運がいい事に、が訪れた日に全員がそろっていた。
これは何かの運命か、それとも偶然か必然か。
は、これは逃げてはいけない兆候だと心に決め──開いた門から敷居を跨いだ。











「……いったい、わたくし達になんの用ですの?」


厳しく冷たい母の声がに掛った。



これは母さんじゃない
“母”という仮面をかぶった……偽物だ



そう思い込まなければ、足が竦み、声は震え、喉は閉まり、発言出来そうになかった。
それだけ、にとっての両親と姉という存在は恐怖そのものだったのだ。


「まあ、そう急かすな じっくりと話を聞こうではないか」


「わたくしもそれに賛成ですわ、お父様
 ねえ、お母様 がこうして、わたくし達にお話があると家を訪ねてくるなんて珍しいじゃありませんこと?」


母親そっくりな顔立ち、性格、喋り方。
冷たく、助けの手を差し伸べてもくれず、助けてと手を伸ばしても掴んではくれなかった姉。
ただそれだけだったのに、は姉の稗さえも怖かった。



姉さんを見ていると……母さんを思い出すんだよな



姉の姿の後ろに母を見てしまう
だからこそ、は姉さえも苦手だった。


「……そうね、稗の言うとおりだわ
 、言いたい事があるのなら、はっきりと仰いなさい?」


言葉を促す母の言葉に、の喉が閉まりそうになった。
けれど、それをは必死に無理矢理にでもこじ開けようとする。
そうでなければ、このままこの空気にのまれ──昔に戻ってしまう。



恐れちゃ駄目だ……
俺は何のためにここに来た……俺は俺の為に、馨の為に……

未来の為にっ……ここに来たんだっ



グッと拳に力を込め、それから全身の力を抜いた。
何を自分の家族を前にこんなにも緊張しているのかと、は自身に活を入れた。


「父さん、母さん、姉さん 俺はもう……あんた達の言いなりにはならない
 自分で好きな服を選んで、自分で慣れた言葉を喋り、嫌な事は嫌だと、好い事は好いと、自分で決める」


いつも、全部父が、母が決めてきた事だった。
それをは否定をし、そして自分で決めると意を唱えた。
それは、十六年生きてきて初めての──両親への反抗だった。


「俺は、もうあんた達がいなくたって生きていける
 そりゃ、仕送りをしてもらっているからこそ、あの邸で生活が出来るのかもしれねぇけど……
 だから、それは感謝してるし、有り難く思う……何より、親であるあんた達の事を唯一感じ取れる瞬間だ」


それだけはは認めていた。
だからこそ、それを言葉にした。
嫌っているだけじゃない、嫌がっているだけじゃない、認めていないだけじゃない。
は、どんな事をされようとも、両親の事を嫌っていなかった、認めていた。
もちろん嫌なことだってあったし、辛いことだってあった。

それでも。


「子供が……親を本当に嫌えるはずがなかったんだ
 だから、俺はあんた達に認めてもらいたくて……ずっとずっと我慢してきた 耐えてきた
 父さんの命令にも、母さんの虐待にも」


もう、ハッキリとは“虐待”だと口にした。
あれはすでに、躾けの域を超えていた。


「父さんが恐ろしくて、母さんが怖くて……言い返せなくて
 ただ、見ているだけだった姉さんの事も、母さんの姿と重ねて苦手だった
 だけど……だけど、それだけじゃ駄目だって、ようやく分かったんだ、俺」


「……分かった、とは?」


の言葉に、初めて父が反応を示した。
どんと構えた、威圧感のある父の──重い問い掛け。


「ちゃんと向き合って、父さんにも母さんにも姉さんにも俺を認めてもらう
 そして、俺も、ちゃんと父さんと母さんと姉さんの事を見なきゃいけないんだって
 たぶん……今までの俺は、あんた達の嫌な部分しか目に入ってこなかった
 “そうだ”って思い込んでたんだ」


そこで、は言葉を止めた。
自分の意見を口にして、ちゃんとした自立した人間だって認めてほしかった。


「父さんも母さんも姉さんも、俺の事嫌いだったか?必要のない、生まれてこなければよかった人間だったか?」


「……俺は、お前が生まれてきてくれた時は嬉しかった
 ただ、家の後を継ぐのは稗で……だからこそ、お前には強い心を持ち、何にも負けない人間になってほしかった
 周りの者はお前を哀れだと嘆くだろう
 そして、後継者となる他の家系の子はお前を見て“自分は将来が決まっていて安全だけどあの子は可哀想だ”と見るだろう
 そういった目に、視線に、境遇に、負けてほしくはなかった
 だからこそ、厳しく躾け、ルールはルールだと守ってほしかった
 その中で、お前の意見を……本当の気持ちを聞きたかった」


それは、が初めて聞く言葉だった。
ずっとずっと嫌われてきたかと思っていた父が、本当はとても自分を愛してくれていて、そして自分の事をとても考えてくれていた。
家を継げない立場だからこそ、辛い境遇が待っていると理解をして──ずっとずっとを思い、身を鬼にしてきたのだと。


「わたくしだって……あなたを嫌ってなどいなくてよ?
 ただ……わたくしは将来を約束されていて、あなたは……何もない
 それが申し訳なくて……何も出来ない、何も解決策を見つけられない自分が情けなくて……
 、あなたになんと言葉を掛けてよいのか……分からなかったの」


苦手だと、自分の事なんて考えていないと、冷たく突き放すだけだったと思っていた姉。
その姉さえも、後ろめたさを感じ、距離を取っていたとは初めて知った。

苦手だと思っていたのはだけではなく、姉である稗も同じだったのだ。


「……母さんには、いつも迷惑を掛けたよな、俺
 家名に泥を塗るような行為をしてきて……家を守る母さんとしては、きっと俺の事許せなかっ──」


許せなかったよな、とは言おうとした。
けれど、その言葉は母の優しい抱擁に消えうせてしまった。



なんで……だ?



意味が分からなかった。
いつもヒステリックを起こし、自分を叱咤し、叩き、虐待に近い事ばかりをしてきた。


「そうね……家名に泥を塗るようなあなたの行為は褒められたものではなかったわ」


その言葉に、はビクッと肩を竦めた。
嫌われていると思っていたからこそ、してしまった行動。
意味がなかったとすれば、それはただ自分を思って行動してくれていた家族に対して恩を仇で返すような行為だ。


「わたくしも、初めは一緒で、あなたが一人で全てこなせられるように、一人で暮らせるようにと厳しくしてきたわ
 けれど、それが逆効果だったのね……あなたが反発して、だから余計にイライラするようになってしまったわ
 『どうして言いたい事が伝わらないの』と……それであなたに辛く当たる様になってしまったわ
 そうしたら、今度は、あなたは反発を止めて……全ての言う事を聞くようになってしまったわ
 そんなあなたを見て……わたくしは初めて、間違えた教育をしたのだと気付いたわ
 家族全員であなたに対して冷たいのでは、辛くなってしまうのは当然よね……」


眉をハの字に下げ、母はを悲しげな瞳で見つめた。


「けれど、わたくしは止められなかった
 そういうやり方しか分からなかったのね……親としては、失格だと思うわ」


肩を竦め、初めて語られる母親の心情には耳を傾けていた。
もっと、もっと早く、こういう場を設けていれば──違う結果が生まれていたかもしれない。


「今度は、全てを受け入れてしまうあなたに『自分の意思を持ってほしい』という思いで、厳しく当たったわ
 早く、嫌だと、わたくし達の言う命令に対してあなたの意見を言ってほしくて……
 けれど、そうよね……それまでの積み重ねでわたくし達に反発なんて出来るはずなかったわね」


が反発をし、それに対してイライラしてしまった母親。
その頃に、の背中に大きな怪我を負わせてしまう事件が起きたのだ。
だからこそ──は逆らえなくなった。
それを分かっていながら、方針を変えられなかったのは両親の汚点。


「大きな怪我を、心にも身体にも負わせてしまって……申し訳ないわ、


「もっと、優しく接するべきだったのだな……」


「わたくしも、もっとの事を可愛がってあげればよかったわ
 そうすれば……きっと、もっと心の負担だけでも軽くさせて上げられた」


思い思いに言葉を口にしながら、母親も父親も姉も、の事をギュッと抱きしめた。
初めて感じるように感じた家族の温もり、家族の愛情。


「俺は……愛されていなかったわけじゃ……ないのか?」


「そうよ……わたくし達は──」


「──ずっとお前を愛してきた 何もお前の未来に残してやれない事を悔いて──」


「わたくし達は、あなたを強くさせる為に……身を鬼にしてきたわ」


の問い掛けに、姉、父親、母親の順に言葉を掛けた。
全ては本当にの将来の為に。
少しだけやり方の間違った、愛情の注ぎ方だった。



もっと……もっと……



「もっと、早く……その言葉を、聞きたかった……」


そう言って、初めては嬉しい涙を流し父親に、母親に、姉に、抱きついた。
温もりを求めるように。
縋る様に。
ずっと空虚だった穴を埋めるように──ぎゅっと。


「俺さ……好きになった奴が出来たんだ
 そいつとの事を母さん達に認めてほしくて、だから……こうして向き合おうって決めたんだ」


の言葉を聞いて、その場にいる三人は目を見開いた。
愛情に飢えていたはずの
そのが、初めて自分から愛した人。


「そう……そうだったのね
 本当なら、わたくし達があなたに愛情を注ぐはずだったのに、その人があなたに愛情を教えてくれたのね
 だから……こうして、酷い事をしたわたくし達の前に来てくれたのね……」


誰もが、の好きになった相手──馨に対して、感謝をせずにはいられなかった。
教えられなかった事を教えてくれた事を。
そして、こうして話しあい、向き合い、溝を埋める機会を与えてくれた事を。


「俺達が反対するはずがないだろう お前をこうして、前に進めるように背中を押してくれた男だ」


「わたくしも、稗も、咎めはしないわ」


「──……、おめでとう 居場所のないこの家の他に、きちんと居場所を見つけられたのね」


父親も、母親も、姉も、誰もが咎めはしなかった。
は、そんな反応に少しばかり拍子抜けだった。



もっと……もっと、説得するのが大変かと思った
和解するのも、理解し合うのも……無理かもしれないと思ってたんだ



だからこそ、嬉しかった。
だって、は最終手段としてある事を考えていたから。


「俺、父さん達と和解出来なくて、理解し合えなくて……馨との事を認めてもらえなかったら……」


そこまで言葉を紡ぐと、は一度言葉を途切った。
認めてもらえたのだから和解できたのだから、言う必要がないんじゃないかと思ったのだ。

けれど、これは伝えておかなければいけないと思った。
それだけ、自分は本気なのだと。


「……俺、家族の縁を切るつもりだったんだ
 家も何も関係のない……ただのになって、あいつのとこに行こうって」


だから嬉しいと、認めてもらうだけじゃなく、和解まで出来て、はこの日が来た事が嬉しかった。
ずっとずっと来てほしかった日。
けれど、ずっとずっと来ないと思っていた日。


「……俺、この家に生まれて良かった」


に生まれたからこそ、いろいろと知ることの出来た事があった。
もちろん、に生まれたからこそ、ずっと知れなかった事もたくさんあった。
けれど、それは全て学校の──部活のメンバーが教えてくれた。
ひょんな事で参加する事になったホスト部だったけれど、今ではとても有難いものだった。


「今度さ、今度……ちゃんと、馨を紹介するから」


「「ええ」」


「楽しみにしているぞ、


いつも怖い顔をしていた母。
いつも渋い顔をしていた父。
苦手だといつも思っていた姉。

そんな三人の笑顔を見て、はようやく心に掛った靄(もや)が晴れた気がした。













to be continued.................





和解話でしたね、今回は。
本当は、悪い両親と姉で終わらせるつもりだったんですよ、当初は。
けれど、やっぱりそのままじゃいけないだろう、も成長して、そしてそんなの両親だからこそ何か考えがあったんじゃないかと思って。
それで、この話が出来あがりました。
もしかしたら、この話がないままの方が良かったと思われる読者の方もいるかもしれません。
逆に、この話があってよかったと思ってくださる読者の方もいるかもしれません。
一応、私の中でのの両親は──愛情の方向性を間違えてしまった、どこにでもいるような娘を愛する両親にしたかったんです。
そして、姉である稗も……ただ単にどうやって接すればいいか分からない、一個人の人間として描きたいなと。

最初は違う感じにイメージしていたので、いろいろとこじつけ部分はありますが……
それはそれ、これはこれで楽しんでいただければなと思います。

さて、どんどんラストスパートに取りかかってきていますが……悔いのないように、連載出来ればと思ってます。
最後まで、応援、宜しくお願い致します(^o^)丿






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