ようやく部活に復帰した
部室に赴き、扉をくぐると──見覚えのない生徒に目が止まった。



……新入部員?



また男が増えた、と肩を落とした。
ここはワケ有りの人間が集まったホスト部で、ここに所属しているもその一人だった。
男嫌いなにとって女の子が大勢集まるこの部活は、ある意味救世主でもあった。


「来たようだな」


カチャリとメガネを掛け直し、鏡夜がポツリと呟いた。


「悪かったね、全然来れなくて」


軽く溜め息を吐きながら、一定距離を開けて近づいた。
誰も、志奈が女だと気付いていない。


「それで、用事は終わったのぉ?」


可愛らしく首を傾げながら問い掛ける光邦に、は静かに頷き返した。








イトシイヒト 第一話








「へぇ、藤岡ハルヒって、あの藤岡ハルヒだよね?」


まだ部活開始時間ではない所為か、部員全員でハルヒを囲い話に花を咲かせていた。


「はい ひょんなことから、入部する事になって……」


「ひょんなことね……あんたもワケ有り?」


「え?」


ハルヒの言葉にふーん、と短く相槌を打ち切り返しに問い掛けた。
けれど、ハルヒは言葉の意味を理解することなく首をかしげ。



なんだ、違うんだ



だからこそ、そんな考えに至った。
詳しい事は知らないけれど、この部活に集まる人はみな、何かしらの事情を抱えていたから。
だから、ハルヒもそうなんじゃないかと思ったのだ。


「違うならいいんだよ うちの気のせいだから」


「はあ……」


苦笑するにハルヒは曖昧な返答しか出来なかった。


「あの……」


「うん?」


先輩って、本当に男性ですか?」


ハルヒの突拍子もない問い掛けに、その場に居る全員が固まった。
に至ってはバレた?と冷や汗をかいた。


「「は?何言ってんの?ハルヒ」」


光と馨が同時に突っ込みを入れ、大きく笑った。
その反応に、はホッと安堵の息を吐く。



バレたかと思ったよ……
ほんとに、心臓に悪いなぁ……



「だよね ってことは、俗に言う美男子っていうのかな?」


「そうなるな!は美男子かつ気さくなのが売りなのだぞ!」


ハルヒの言葉に環が力強く頷いた。
美男子という言葉に、は内心苦笑したがそれを表情に表わす事はなく。


「でも、僕ら男子には掌を返すよね」


「そうだな 男子と女子の前では全然態度が違うと良く聞くな」


光の言葉に鏡夜が頷きながらメガネをカチャリと掛け直した。
だからこそ、は女子好きだという噂が一部で流れたりしている。

男だと思われているから、変な噂は流れないのだけれど──嫌な蔭口は叩かれたりする事もあった。


「男は嫌いだからね」


「「好かれても困るし」」


不機嫌そうに呟くに光と馨が同時に突っ込みを入れる。
男だと思っているなら当然の反応である。


「というか、先輩は男に対してももう少し愛想よくしてもいいと思うんだけど」


「愛想よくする理由もなければ、メリットもないと思うんだけど?」


馨の問い掛けに、はスパッと嫌だと意見を切り捨てる。
愛想よくする自分を想像するだけで、は吐き気を感じた。


「それより、お客さんはいつになったら来るの?」


いつまでこの休憩時間が続くのかと、時計を見た。
部活動始動直前──そんな言葉がしっくりくる時間を針は指示していた。


「そうですね いつもなら、もうそろそろ来始めてもいい頃なんですが……」


扉の方を見つめ、唸るハルヒ。


「ああ、そろそろ来るんじゃないか?」


「……スタンバイだ!」


鏡夜の一言で全員が「イエッサー」と答えると、ずらりと並んだ。
慣れてはいるがあの輪に入る事を嫌うと、未だ慣れないハルヒだけが取り残されたように輪の外にいた。


「こら、ハルヒ!!スタンバイだぞ!」


「……あー……もう、しょうがないなぁ ハルヒ、行こう」


「あ、はい」


がしがしと後頭部を掻きながら、は観念したように呟きハルヒの手を握った。



……あれ?
なんで、手を掴めるんだろう?



一定距離近くに居るだけで駄目なのに、なぜ手なんて握れるのか疑問だった。
ハルヒだけは一定距離一定時間そばに居ても、なんの症状も出てこないのだ。


「みんな、用意はいいか?」


環の言葉に全員が頷いた瞬間、ゆっくりと扉が開かれた。
数人の女生徒が、部室内で待機していた部員たちを見つけ明るい表情を浮かべる。
そこで、この輪は崩れ──


「いらっしゃい」


それぞれの接客する女生徒の元へと歩みを向けるのだ。
すぐにでもあの輪を離れらるからこそ、はこの形状を受け入れることが出来た。


「あら、くんお戻りになったのね」


「うん 予想以上に長引いちゃったからね うちが居なくても他のみんなもいるから、暇ではなかったでしょ」


笑って言いながら、女生徒達の好きな紅茶を入れたカップをそれぞれの前へ出した。
そうして、ようやくは対面するように椅子に腰掛ける。


「確か、定期健診だったとか」


「うん まぁ、今回は外国から凄い先生が来るっていうからね、必要以上に長引いただけだよ」


肩を竦め、苦笑を浮かべた。
心療内科でその名を馳せている先生だった。


「本来なら一日で終わるということだったの?」


「まぁ、そうだね 異常とか──まぁ、そういう事がなければね」


病状の悪化もなければ、一日で普通ならば解放されるはずだった。
としても、凄い先生が来るのなら見てもらうに越したことがないから承諾したのだが。


「それで、何事もなかったのかしら?」


「うん 健康そのものだよ」


「そう なら良かったわ」


「心配してくれたんだ?ありがとう、優しいね」


にっこりと微笑めば、それだけで女生徒達はいちころだった。
顔立ちは整っていて、カッコいい女性と言われても頷けるような──美男子だった。


「それより、春日崎さんは今度は環を指名するようになったんだ?」


最後に部活に出た日の事を思い出しながらは問い掛けた。



確か、最後に見たときは……鏡夜だったような?



いつも決まった笑顔を張りつける鏡夜と、いろいろな話を楽しげにする春日崎の姿を思い出していた。
鏡夜の腹黒さは部活などを通して知っていたが、それでも鏡夜は優しさを持っていると思っていた。
冷たいように見えて冷たくないような。


「ええ、そうみたいよ」


「ふぅん ま、人気はあるみたいだからね」


環の人気は納得がいく。
女性に優しく、話術に長けている。
もちろん、他の男子生徒がそうじゃないと言っているわけじゃない。



それでも──やっぱりうちは、男子は……



だって分かっていた、あの男と同じじゃないと。
どの男子生徒も優しい事は、桜蘭学院で生活していればよく分かる。
中には、一線を引いたり喧嘩っ早かったりする人もいるが──それでもあの男と同じではないのだ。


くん?」


「あ、ごめん ちょっと意識が違うとこ行ってた」


掛かった声にハッと我にかえり、苦笑しながら謝った。
そう、今は接客中なのだ。



会話に集中しなくちゃ



一口紅茶を胃へ流し込むと。


「だいぶ寒くなってきたけど、風邪とかには気をつけてね?」


「ええ でも、大丈夫よ 空調設備もきちっとしているし、専属の医者もいるもの」


「うん、それは分かってるけど……それでも、もしもって事があるからさ」


なおも心配するに、女生徒達は嬉しそうに頬を染めた。
医者が居ても、空調設備が整っていても、体調を崩し免疫が落ちていれば掛かるときは掛かってしまうものだ。
どんなに健康に気をつけても、自己管理をしていても──逃れようのない時は掛かってしまう。


「あ、ありがとう……くん」


「いいよいいよ 風邪引くと人が恋しくなるしさ、そういう思いはして欲しくないじゃん?」


弱っている時ほど、人に縋りたくなるものだ。


「優しいのね」


「あはは そう言ってもらえると、嬉しいよ」


「お世辞じゃないわよ?」


「分かってるって」


嬉しそうに微笑みを浮かべた。
微笑むと、より瞳は細まり切れ長になった。
その笑顔に、またも女生徒は胸を射抜かれるのだった。









「あ、誰かくるみたいだよ」


ばたばたと激しい足音が聞こえ、志奈がポツリと呟いた。
それからいつものようにスタンバると、ガチャリと音を立て扉が開かれた。


「いらっしゃいませ」


言ったと同時に、扉を開いた張本人──ハルヒは床に両手をついて座り込んだ。


「なんだハルヒか」


「遅かったね」


「お客と思ってポジショニングしちゃったよ」


光とと馨が落ち込むハルヒを見つめ、呟いた。
すっかり客である女生徒達が駆け込んできたものかと思っていたのだ。


「暦によると、今は確か十二月中旬かと……」


カレンダーを見つめ呟くハルヒに、環はふふんと鼻で笑った。
椅子に座ったまま不敵な笑みを浮かべ──


「冷気を恐れコタツに縮こまるなど庶民の感覚(ナンセンス)!」


「はぁ?」


「この完璧な空調設備は何のためだ?」


嫌にえばる環に訝しげに視線を向けるハルヒ。
庶民で悪かったですねと言いたかったハルヒだが、その言葉をグッと呑みこんだ。


「良い男は身膨れなどして美しい肢体を隠してはならない!
 冬こそ凍える仔猫達を暖かな南国オーラで迎え入れる……そう、ここは至上の楽園!かぐわしい美男のオアシス……!!」


「あのね、ハルヒ 環はこれが『紳士の振舞い』だと思ってるみたいでさ……」


「……そうですか?むしろ、あらゆる意味でサムいですが」


キラキラと光を飛ばしながら力説する環を余所に、は苦笑しながらハルヒに説明をした。
ハルヒが来る前に、やはり同じような口ぶりで力説していたから。
もちろん、誰もがこの衣装を着ることは構わなかったが、その説明だけは納得しなかった。


「そして、十二月といえば我々が最も輝く大イベントが待っている!!
 クリスマスパーティだよ、ハルヒ!」


「……!!」


不敵に笑い説明する環に、ハルヒはあっと思いだしたような表情を浮かべた。
そう、お金持ちのするクリスマスパーティなんて、ハルヒの想像する以上のパーティだろう。


「ねぇ、鏡夜」


「なんだ?」


「この衣装、着るように仕向けたのあんたでしょ」


溜め息混じりに指摘をすれば、鏡夜は楽しげなあの黒い笑みを浮かべた。


「仕向けたつもりはないんだがね
 程よい露出はウケがいいもんでね、さりげなくパリの写真集を環の前に置いた甲斐はあったかな?」


「そういう事すれば、環が乗っかるの分かってるくせに?」


本当に、人を動かす事や操る事が上手なんだからとは思った。
さすがというか、何というか。


「まぁ、別に構わないけどね……うちは」


どんな衣装がきたって、無難にこなす自信はあった。
今回だって結構な露出はあったが、なるべく布生地の多い──そう、環が着ているような衣装を選んだ。
あとは見える場所を、男装するためのあらゆる道具でフォローをすればいいのだ。
別に、裸になる衣装を選んだって、それをフォローする道具や衣装もあるのだが──下手にそれを着るよりマシだろう。


「それは、本当に大丈夫だったのかな?」


「……何が言いたいのかな?鏡夜は」


何かを疑うような視線に、わざと胸を張って問い掛ける。
女だとバレては意味がないし、ここにもいられなくなってしまう。


「いや、なんでもない」


「あ、そ」


言うと、即座には鏡夜から離れていった。
は気づいていなかった、鏡夜がある一定時間以上そばに居続けることがないという事に気付いている事に。








to be continued................





ということで、梨海さんとのリレー連載第一弾というか第一話!(>ワ<)
第二話に入る前と、第二話冒頭という感じで……最後はの相手にもなる鏡夜と絡ませてみましたヨ☆
とりあえず、設定で語ってある内容はネタバレしている事なので第一話から出してみました♪
他の非公開設定は徐々に明かしていけたらいいなと思います。('-'。)(。'-')。






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