大丈夫。
頑張る。

これはあたしの魔法の呪文。
何があっても、そう自分に言い聞かせれば立ち上がって来れたから。



あたしは、大丈夫。
何があっても、頑張れる。

ずっと、ずっと。












イトシイヒト 第十話












授業が終わり放課後になった校内を、は小走りで駆けていた。
もちろん、この学校には廊下を走る女子などそうはいないので、すれ違う生徒ほぼ全員に注目されるが……今更なので、気にもならない。

そんな事より、急がなければいけない。
にとって、今日は……毎月、この数字がつく日は大事な日のだから。


「あれ?っちじゃん」


「おーい!そんな急いでどこ行くのー?」


しかし、そういう急いでいる時に限って誰かに呼び止められるのは、お約束で。
自分を呼ぶ声に足を止め、振り返ると……そこには常陸院ブラザーズと、ハルヒの姿があった。


「あれ、双子にハルヒじゃん。これから部活?」


「うん。は帰るところ?何だか急いでたみたいだけど……」


そう思ったなら呼び止めないで欲しいと一瞬思ったが、ハルヒ達はこちらの事情など知るはずもない。
なのでそれは言葉には出さずに、「うん、そうだよ」とだけ答えた。


「何、どこ行くの?デート?」


「んな訳ないじゃん。これからバイトと、ちょっとお墓参りにね」


「バイト!?へ〜、っち、バイトなんてしてたんだ」


「なーんだ。殿がっちの事気にしてて最近ひときわウザイから、招待しようと思ってたのに」



………ちょっと待て。それ、招待って言わないんじゃないの?



どう聞いても『環がウザイからを呼んで押し付ける』としか要約できなかったのは、気のせいだろうか。

というか……そうは言うが、環は何故自分の事を気にしているのだろうか?
あのれんげ事件の後は一度もホスト部に行っていないので、あの時以来会ってもいないが……。



……あの時の事を、何か気にしているのだろうか……?



「あー、気持ちだけもらっておくよ。今日はマジで時間なくて、急いでるから。……って事で、じゃあまた!」


時間がないのは本当なので、強引に話を切り上げて3人に挨拶をし、またそこから駆け出す。
後ろから「バイバーイ」「転ぶなよー」などなどの3人の声が聞こえるのを、聞きながら。

さて、急がなければ……。













それからしばらく後。
いつも華やかな雰囲気に包まれ、女子生徒の笑い声が耐えないはずの第3音楽室は……なんとも微妙な雰囲気に包まれていた。

と言うか、常に一番華々しい存在であるはずの誰かさんが、妙にしおれていた。
それは誰が見ても一目瞭然で、お客の女子生徒たちがひどく心配そうな視線を向けるほどだ。

環は、悩んでいた。
その理由は言うまでもなく、の事との事だ。

この間のれんげ事件で、明らかに様子がおかしかった
そして先ほどのの様子と、かけられた言葉……。
その2つがぐるぐると頭の中を回り、他の事が手につかない。

彼女の事が知りたい。
けれど、聞けない。

彼女が、それを問う事を望んでいなかったとしたら……きっと、傷つけてしまうから。
それでもし、の言う『思い出したくない事』に触れてしまったら……。


「環」


「…………………」


「……環?」


そんな環を呼ぶ声があるが、環は答えない。
……というより、思考の世界に入り込んでいて聞こえていないのだろう。

その声の主、鏡夜は少しの間そんな環を見て、そして……


「起きろ、環」


「痛ッ!?」


少し呆れたような無表情のまま、ばしぃっ!といい音を立て、愛用のファイルで容赦なく環の頭をぶっ叩いた。


「何するんだ、鏡夜!痛いじゃないか!」


「お前が自分の世界に入り込んでるから、呼び戻してやったんだろう」


「だからってもうちょっと……って、あれ?お客様達はどうしたんだ?」


見渡してみると音楽室はがらんとしており、自分達部員以外は誰もいない。
不思議に思って鏡夜に尋ねてみると、その答えとして返ってきたのは言葉ではなく、その場にいた全員の溜息だった。


「殿ぉ〜、いい加減白昼夢の世界から戻ってきてよ」


「殿がバカなのは知ってるけどさ、さすがにボケるにはまだ早いでしょ」


「お前が来た時からそんな様子でとても部活にならないから、皆様にはお帰り頂いたんだ。
 ……それすらも覚えてないのか、馬鹿が」


常陸院ズと鏡夜の容赦ないツッコミが、連続でグサグサと突き刺さる。
確かに言われてみれば自分のせいだが、そこまで言わなくてもいいじゃないか。

……そう思いながら他の面々を見ると、見事に目を逸らされた。


「そう言えばちゃん、れんげちゃん事件が終わってから、遊びに来てくれないねぇ〜」


例によって体育座りで落ち込み始めた環に聞こえるように、光邦は明るい口調でそう呟いた。
前後の脈絡は全くない発言だが、環の悩みの内容を見抜いてあえて言ったのだろう。
実際、環はその言葉に、誰よりも早く反応した。


「まあ、基本こっちから誘わないと来ないしね。あの人」


「今日も誘おうと思ったけど、バイトとお墓参りに行く?……とか言って帰っちゃったし」


「お墓参り?誰の?」


「さあ、そこまでは聞きませんでしたけど……」


光邦と1年生達が、さほど気にもしていないような呑気な口調でそんな会話をする。
アルバイトに、墓参り……どちらも全く珍しくもない、ありふれた行動だから。

だが……


「……おそらく、ご両親だろうな」


その言葉に、ぴたり……と、その場にいた全員の動きが止まった。
いや、動きだけではなく……空気までもが、止まった気がした。

鏡夜が言った言葉を、誰もがすぐには理解できなかったから。


「え……」


「たまにしか来ないとは言え、さんもうちのお客様だ。ある程度の事は調べてある。
 ……知りたいと言うなら、教えてやらん事もないが?」


呆然としている環に向かって、ちらりと視線を投げかけながらそう告げる。
にバレれば、後で盛大に怒られるのだろうが………このままでは環の悩みはいつまでも続き、それはホスト部にとっては明らかな損害。
つまり、鏡夜にとっては防ぎたい状況だ。

それに……他の人間ならともかく、環なら教えても問題ないようにも思ったから。


さんには、両親がいない。彼女が小学校に入る前に、2人とも事故で他界している」


無言で鏡夜を見ている環の態度を『知りたい』という肯定と取り、鏡夜は淡々と話し始めた。
彼らとは何もかもが異なっているであろうの過去と、その生い立ちを。


「ハルヒ、知ってた……?」


「ううん……そう言えば、とはあまりプライベートな事とかは話さなかったから……」


さすがに動揺したように、そしてどこかバツが悪そうに、ハルヒは答えた。
本当に知らなかったし、自分からもあまり、突っ込んで聞こうとはしていなかったから。


「じゃあ……って今、誰と暮らしてんの?親戚の人……とか?」


「いや、今のさんは一人暮らしだよ。
 その後、身寄りをなくして児童養護施設に引き取られているが……その施設も長年の経営不振がたたり、1年前に倒産した」


「そんな……」


「そこにいた子供達はみんな別の施設に引き取られていったが、さんはもう高校生と言うことで、アルバイトをしながら一人で暮らす事を選んだらしい」


あくまで淡々と、冷静に……調べた事を告げていく。
そしてその事実に、その場にいた誰もが言葉を失ったようだった。
特に、環は……ありえない事を聞いているかのような顔で、目を見開いて呆然としている。

実際……環には、そう簡単に受け入れられる事ではなかったのかもしれない。
が一体どういう環境で育って来たのか……全く、想像できなかったから。

環の傍には、いつでも誰かがいた。

子供の頃は父と、今は母と離れて暮らしていても、環は常に家族に愛されていた。
祖母には疎まれていたが、それでも自分の周りにはたくさんの人と、同じ数だけの笑顔があった。

けれど、はあまりに早くにそれを失った。
両親を失い、兄弟もおらず……代わりに家として育った養護施設も、もう存在していない。
家族同然に育っただろう、同じ施設の人達も……いない。

今は誰一人として、自分の傍に存在しない。
まるでその手から零れ落ちるように、次々と失っていって……。

それは、まさに………『天涯孤独』と呼ぶ、辛い境遇。


「言っておくが、同情はするなよ」


「っ……!?」


「そんな事をされて喜ぶとは思えないし、そもそも特に珍しい訳でもないだろう。
 世の中、彼女と同じような境遇の人間なんてごまんといる」


「それは………だけど!」


「むしろ、働く場所と住む家があって、学校にも通えてるんだ。
 さんは恵まれている方と言えるんじゃないか?」


教室でのやりとりの再現になりそうな気がして、環の言葉をあえて遮り、キッパリとそう言い切った。
そしてその言い分は、正論だ。
のように親を亡くした子供。親に捨てられた子供。虐待を受けて一緒に暮らせなくなった子供……。
そういった境遇の子供は世の中に溢れるほど存在しているし、中には、誰にも顧みられずに命を落とす子供だっている。
それを考えれば、例え身寄りがなくとも住む家があり、自分で稼ぐ手段もあり、高校にも通えているは、十分に恵まれているだろう。

環も、鏡夜の言っている事はわかる。

はきっと同情も慰めも望まないだろうし、そもそも自分の境遇を不幸だなどとは思っていないのだろう。
まっすぐに前を向いて、強く生きていく……の瞳には、いつもそんな意思があるから。

だけど……


「それじゃあ……一体誰が、彼女を守ってあげるんだ?」


「…………………」


「寂しい時や辛い時、泣きたい時……誰が彼女を、抱きしめてあげるんだ……?」


口調こそまだ静かだが、今にも鏡夜の胸倉を掴みそうなほど、環の瞳は真剣だった。

どんなに強い人だって、それをずっと貫く事なんて出来やしないのだ。
心が折れそうになる瞬間も、誰かに縋りたくなる時も……泣きたい時だって、あるに決まっている。
どんなにしっかりしてても、強く見えても、はたった16歳の少女。まだまだ家族の助けと支えを必要とする歳だ。

なのに……の周りには今、誰もいない。

ならば誰が、を守る?
抑えきれずに零れた涙を拭う存在は?
その折れそうに細い背中を、一体誰が支える……?


「ねーえ、タマちゃん。タマちゃんは……ちゃんに何をしてあげたいの?」


沈黙が落ちる中、それを切り裂くようにそう言ったのは光邦だった。
もちろん、同時に全員の視線が彼に集中する。


「ハニー先輩……?」


「そう言えばタマちゃん、最初からちゃんの事を気にかけてたよねぇ。でも、どうして?」


「それは……元々庶民特待生である事は知ってましたから、凄い子だな、と思って……」


答えながら、環の脳裏にはついこの間の事が浮かび上がる。
最初に、がこの教室にやってきた日の事。初めて言葉を交わした時の事……。


「最初は、それだけだったけど……
 クリスマスパーティーで一緒に踊った時、なんて細くて軽い体なんだろうって……それで、心配になって……」


「うん」


「あの時、俺にしがみつきながら叫んだその声と、表情が忘れられなくて……
 いったい彼女は何を抱えてるんだろうって、凄く気になって。けど俺は、何も知らなくて……」


色々な事を思い返しながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

必要以上に痩せた、細く軽い体。
脅えるように自分を見上げていた瞳。必死な叫び声。
どれもこれも印象深くて、それらの理由を知りたくて………けれど、自分は考えれば考えるほど、彼女の事を何も知らない。
知りたいのに。出来れば何か手助けしてあげたいとも思うのに、何が出来るのかもわからない。


「……タマちゃんはちゃんの事が知りたくて、助けてあげたいの?」


優しげに笑いながら、光邦は環にそう問いかける。
環はその問いに、少しだけ間を置いて……やがて、小さく頷いた。


「でもね、タマちゃんの気持ちもわかるけど、ちゃんが本当にそうして欲しいって思ってるのかわかる前から無理強いしちゃうのは、ダメだって思うんだ。ねぇ?崇」


「……何も言わないという事は、触れられたくないという事なんだろう」


明るい光邦の声と、対照的に静かな崇の声。
それを聞きながら、環は無意識にと鏡夜に視線を向けた。
それは、言い回しは全く違うが……に言われた事を思い出させる言葉だ。
鏡夜に言われた、『同情するな』の言葉も……。


「だからね、タマちゃん。待っててあげようよ」


うさちゃんの手足をパペット人形のように動かしながら、光邦は環の目を見てそう言った。


「待つ……?」


「うん!ちゃんはちょっと意地っ張りさんだけど……
 いつか、ちゃんがタマちゃんの事好きになってくれれば、お話してくれるかもしれないでしょ?」


「…………………!!」


「だからちゃんがまた来てくれたら、今までみたいに一緒にケーキ食べて、いっぱいお話してあげようよ。
 ちゃんはお菓子が大好きだから、喜んでくれるよ♪」


『ねーvv』といつものように笑いながら、うさちゃんの手をぽふっと環の手の上に乗せた。
つまりは……無理に探ろうとせず、今まで通りでいろという事。
鏡夜から予期せず情報を聞きはしたが、それ以上の事を本人に尋ねたりは決してせず……ただ、待ち続けろと。

確かに、本人のためにはそれが一番いいのかもしれない。
どんなに真摯なものだったとしても、今の環の感情は一方的だから。
今のはきっと、今環がしたいと思っていることを……望んでいないから。

だから、待って……手を差し伸べたければ、自信がそれを望むまで待つしかない。

どこか薄情で情けない気もするが……もしかしたらが抱えているものは、自分たちの想像を超えるものなのかもしれない。
無理に聞き出して、傷つけてしまうわけにはいかない。
自身が口を開くまで……自分達を、それを話すに値する存在だと思ってくれる、その時まで。


「はい……ありがとうございます、ハニー先輩」


光邦に心から感謝しながら、環は頷いた。

まだ、全てが解決したわけではない。
むしろ、何も解決していないと言っていいだろう。

けれど、それでも環の心には、先ほどのようなモヤモヤはもうなくなっていた。
少なくとも、自分がすべき事はわかったから。










ここは、いつ来ても静謐な空気に包まれている。

まあ、場所が場所だから当然と言えばそうなのだが……。
手には水桶と小さな花束を持ち、すでに通い慣れた道を、迷いなく歩く。
そして……その足は、ある墓石の前で止まった。


「久しぶり。会いに来たよ………お父さん、お母さん」


自分の苗字が彫られたその墓石に向かって、ふわりと笑いながら語りかける。
その傍らに置かれている墓標には、ここには2人分の遺骨が納められている事………そしてその2人とも、30に届く前にその命が断ち切られた事が刻まれていた。

今は亡き、の最愛の両親が眠る墓。

は手馴れた動作で花を供え、墓石の一ヶ月分の汚れを丁寧に拭き取っていく。
毎月この日……月命日には、必ずここに花を供えにくる。自分はちゃんと育っている、元気に生きていると、それを伝えるために会いに来る。
はそれを、両親を亡くしてから一度も欠かした事はなかった。


「もうすぐ2年生だよ……なんか、あっという間の1年間だった。
 最初はなんて学校だって思ったけど、随分慣れたんだよ」


線香に火をつけて手を合わせ、静かに昇る煙を見つめながら……ゆっくりと語り始める。
いつものように。天国にいる両親に向かって。

「さすがにレベル高い学校だから、勉強は大変だけどね。
 ……あ、そうそう、前も話したホスト部の事なんだけどね、あの人たち、ホントやる事がいちいちおっかしーんだ!
 この間なんかね……」


まるで、本当にそこに両親がいるかのように、感情豊かに話し続ける。
その顔には、柔らかな笑顔が浮かんでいた。
学校でのしか知らない人が見れば、間違いなく仰天するだろうと思うほど……愛らしくも綺麗な笑顔が。

それは、今はまだここでしか……家族の前でしか見せる事がない、の心からの笑顔。
本当に信頼する人の前でしかできない、まるで子供のような屈託のない表情だった。


「でも、みんな変わってるけど基本、いい人ばかりなんだよね。何だかんだで優しいって言うか……」


最初は自分とは相容れない、関わりたくない人種だと思っていた。
けれど……確かに理解しがたい部分は今でもあるけど、彼らは皆優しくて。


「最初は生徒がホストの真似事してたり、女子なのに男装してホストしてる人がいたり、ありえないって思ったんだけどね」


に言わせれば『ありえない』の宝庫のような彼らだ。
高校生がホストの真似事をしてる部がある、というだけでも理解不能なのに、借金のカタに女子であるハルヒに男装させてホストをやらせたり。
同じく男装仲間のに至っては、部員達にまで女である事を隠して……


「……そう言えば、先輩って何で男装してるんだろう……?」


思い返してみると、ふと今更ながらの疑問が頭の中に浮上した。

が女子である事は知っているが……そう言えば、『なぜ』男のフリをしているのかは、知らない。
何となく、追求して欲しくなさそうな感じがしたし……あの時はホスト部ともその後関わる気が全く無かったので、気にもならなかった。

だが……今は、その理由が気になる。
何故そこまで頑なに、自分が女である事を隠すのだろうか……?


「そう言えば、あたし……先輩だけじゃなくて、他の人達の事も何も知らないんだよね……」


『須王』。
『鳳』。
『常陸院』。
』。

それらの名前の世間的な知名度と、環が理事長の息子である事くらいは知っている。
だが、それ以上の事は何も知らないし、知ろうともしていなかった。
必要以上に彼らと関わりを持つ気なんか、なかったから。


「あの時は、まさかこんなに何回も関わる事になるとは思ってなかったからなぁ……。
 どこから繋がってどうなるのか、わかんないもんだね」


彼らは皆、名家の子息や令嬢だ。自分とは住む世界が違う。
高校にいるうちは多少関わりを持っても、卒業すればそれもなくなるのだろう。

だけど……だからと言って最初から境界線を引いてしまうのは、自分の悪い癖か。

いつも笑顔で接してくれている皆にも、きっと失礼だ。
言いたくない事を無理に聞き出す趣味はないが、最初から『世界が違う』と境界線を引いて『我関せず』を決め込むのは、やめるべきかもしれない。
ハルヒや双子とはそれなりに仲良くもなったし、環の事もある。
色々と心配も不安もあるが……自分はきっと、これからもあの部と少なからず関わっていくのだろうから。


「もう少し、自分から近付いてみるべき……なのかな?ねえ、お父さん、お母さん……」


物言わぬ墓石に向かって語りかけながら、はくすりと微笑んだ。
これからはもう少し、自分の態度を変えた方がいいのかもしれない……

そんな事を、思いながら。










ちゃん、おはよう!!」


翌朝。
いつも通りに学校に来てみれば……いきなり、満面の笑顔を浮かべた環に声をかけられた。


「………お、おはようございます……須王先輩」


「何だ何だ、朝から元気がないぞッ☆ おとーさんを見習いたまえ!見ての通り今朝も元気いっぱいだ!!」



……ええ、確かに見ての通り朝っぱらからウザさ全開ですね。
てか、高校生の男子が語尾に☆マークをつけて喋らないで下さい。



ウインクをしながらテンション高く盛り上がる環に、は今朝の気温にも負けないほど冷めた視線を送った。
周りには、そんな環に頬を染める女子生徒も多数いるが……その感覚は理解できない。


「てか、“おとーさん”って何ですか」


「うむ!それはだな………申し訳ないとは思ったんだけど、昨日、鏡夜から君の事を色々聞いたんだ」


「え……」


「君のご両親の事も、今の生活の事も……大体の事は。勝手な事して、ごめん」


そう言いながら、環は本気で申し訳なさそうに頭を下げる。
確かに、こっちのメールアドレスを調べられる鏡夜なら、その程度調べるのは容易いだろうが……
それはプライバシーの侵害とか、個人情報保護法違反とか言うのではないだろうか。



……と言うか、環が知っていると言うことは、すなわちホスト部全員に知られたという事か。



別に隠したい訳ではないが………だからといって勝手にバラされて気分が良いわけもなく、鏡夜への恨みがふつふつと沸いてくる。


「プライバシーの侵害ですよ、それ。……で、それと“おとーさん”がどう繋がるんですか」



「ああ。君は俺にとって大事な後輩だし、ホスト部のお客様でもある。
 そして……君にとってホスト部が安らげる、居心地のいい場所になればいいと思ってるんだ。だから……」


そこまで言って、もったいぶったように間を置く。
ロクな事を言わないような気がするが、話すなら話すで早くして欲しい。寒いのだし。

だから、『さっさと喋ってください』と言おうとして口を開いた、その時……


「これからはあの場所を家と思い、毎日でも遠慮なく来てくれたまえ!そして、君のお父様にはかなうはずもないが……俺の事は第二の父と思って、甘えてくれて構わないぞ!!」



……………………………………。



バックに花が咲きそうな勢いでそう言い放たれたその言葉を、理解するまでに少し時間がかかった。



一体この人は、何を言ってるんだろうか。
何故そうなるんだろうか。
彼の中で何がどうなって、そういう結論に達してしまったのだろうか……。



「いいかにゃー?ではまず試しに、『おとーさんv』って呼んでみようか!せーの……」


「寝言は寝て言え、アホキング」


この上なくキッパリした声で無感情にそう言い切り、はそのまま横をすり抜けて校舎に向かった。
もちろん、言われた本人はいつもの体育座りで落ち込んだが、それは無視だ。



昨日は、相容れないと決め付けないで自分からもう少し歩み寄ろうと思った。
しかし……彼のその気持ちだけは受け取るが、やはり理解出来ないものは出来ないのかもしれない。



深く溜息をつきながら、はそう思った。

ちなみに、さらにその後ろには心底呆れた顔でそのやりとりを見守る、ホスト部の面々の姿があったとか。








to be continued.................





ヒロインの過去が、ちょっと判明です。
そういう境遇で、だから奨学生として桜蘭に通っているわけですね。
悩める環に、ハニーお兄ちゃんが色々出張りました^^

全編シリアスで来ておいて、最後の最後で落としました(笑)
あのブラックBOXなら最後に何かやるはず!と思いまして♪(お前は環を何だと思ってる)
ホスト部を、ヒロインにとっての安らぎの場所にしよう!と決めて、『おとーさん』に辿り着いたんですね(笑)

環には早いうちに恋愛感情を持って欲しくなかったのと、ホスト部じゃないヒロインを環の『家族像』に組み込みたかったのもありますが^^
ちなみに環が、ヒロインの過去を聞いた事を話したのは、申し訳ないと思ってたからこそ黙ってる事は出来なかったからです。






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