すっかり忘れてた
とてつもなく大切な──かつ大変な事を……



教室の椅子に座り、机に突っ伏したままはそんな事を考えていた。









イトシイヒト 第十一話









のことでいろいろ頭がいっぱいだったからなぁ……



だからこそ、すっかり"その事"が頭の中から抜け落ちていたのだ。
その日が来るのは、もう数日か……もっと早いか。


「すっかり忘れてたのは、うちの落ち度……かなぁ」


ハァッと大きく溜め息を吐き、クシャッと髪を握った。
の手の中で形を変えて、そしてさらりと抜け出すように流れでる。


「何が落ち度なんだ?」


「──!!」


掛った声に、ハッとして顔を上げた。
そこにはいつもの表情を浮かべ問いかける鏡夜の姿と、不思議そうに首を傾げる環の姿があった。


「なんでもないよ ただの独り言」


はははと苦笑を浮かべ、乱れた髪を直した。


「そうは見えないぞ?」


環の言葉に、ははぁぁぁぁぁぁっと大きく溜め息を吐いた。
上手く交わすには、何か嘘を吐かなくてはならないだろうとガシガシと頭部を掻くと。


の話……この間知ったでしょ?
 同情するつもりはもちろんないし、無理にいろいろ聞きだしたり手助けしたりするつもりもない」


びしっと、は言い切った。
それは、先日光邦が環に釘を刺したのと似たようなもの──強く強く、もっと考えろと。


「だけど、やっぱり知ったからには『知りませんでした』じゃいられない
 ……うちにもいろいろ考える所があったんだよ」


「考えるところ?」


「そ まあ、この話をうちらが知っちゃったことはも知ってるだろうし?」


環の問い掛けに頷き、先日の環とのやり取りを思い出して言った。
まさか、あそこまで真正面から知ってますと行動に移すとは思わなかった。
呆れる事しか出来なかったが、そこが環のいいところでもあるとは分かっていた。

だからこそ、何も言わなかったし邪魔もしなかった。


「でも、やっぱりだっていつもと違う態度を取られるのは……どう思うだろうね?」


全てじゃなくても、知ってしまった真実。
それを知られ、態度を変えられ──なんと思うか。


「つまり、ちゃんといつも通りに接しないとなぁ〜って考えてたって事だよ
 おかげで、授業聞いてなかったりして、落ち度だなぁってね」


嘘でも本当でもない、その話。
の事はもちろん考えていたけれど、授業を聞いていなかったというわけではなかった。
もちろん、落ち度に繋がる話とは全く無関係である。

が、環の気をそらさせるにはこれくらいの嘘を吐かなければならない。


「──っと、ちょっと飲み物買ってくるわ」


さっと立ち上がると、その場を離れようとは教室の出口へ向かった。
それも本当だけれど、嘘でもある。

今すぐ飲みたいわけでもないが、喉が渇いていないわけでもなかったから。


「──ぁ、っ」


「環、放っておけ」


「だが!!」


「この間の話……聞いてなかったのか?」


鏡夜の言葉に、環はうっと言葉を詰まらせた。


……何も言わないという事は、触れられたくないという事なんだろう


だからね、タマちゃん。待っててあげようよ


その言葉と同時に思いだすのは──同じように警告してきたの言葉。


確かにそれは優しさだし、慰めにも一時的に忘れさせる事だって可能だと思うよ
 でも、それで何になる?



思いだしたくない事なんて、誰にでもあるよ
 うちにだって──



あんな言葉が出ると言う事は、そういう経験をもしてきたという事の表れ。
それが分かるからこそ、分かったからこそ、環は鏡夜の言葉通り放っておく事しか出来なかった。


「鏡夜……」


の事は俺も知らない というか、調べられない──というのが正しいか」


「調べられない?」


静止した鏡夜に、環は何か知っているのかと視線を向けた。
ハルヒの事も、の事も、鏡夜が調べてくれた。
だから、きっとの事も──そう思っての視線だったのに、鏡夜から紡がれたのはその意思を否定するものだった。


「情報操作をされているのか、誰かが秘密裏に俺の元に情報が届かないようにしているのか……」


「つまり……の事に関しては、家の事しか分からない……って事か?」


環の問い掛けに、鏡夜はただ静かに「そうだ」と頷くだけだった。
それがとても不思議な事だった。
あの鏡夜にも知りえる事の出来ないの裏の部分。










「はー……解放された……」


自販機の取り出し口からお茶缶を取りだした。
ヒヤッと冷たい缶はの掌を冷やしてくれる。

カシュッ。

静かに音を立ててプルタブを開けた。


「あれ??こんなとこで飲んでるなんて珍しいじゃん」


自販機の横で寄りかかりながら飲んでいたに掛った声。
視線を向けると、クラスメイトの男子二名がに向かって歩んできていた。


「……そういう事もあるよ」


ポツリと、静かにそれだけを返した。
ホスト部のメンバーと話をしている姿を見た事がある者ならば、違和感を感じる対応だっただろう。



運、悪すぎ……



グイッと、一気にお茶を飲み干した。
スゥっと冷たいものが食道を通って胃へと落ちて行く。

ガコン。

音を立てて、は缶をゴミ箱へと捨てた。


「なんだよ、須王や鳳とは仲いいくせに俺達とは仲良くしたくねぇっつーのかよ」


面白くな下げに、文句をたれる言葉に一瞬足が止まる。
の態度を見れば、そう感じ取ってしまうのは当然だから。


「……別に 仲良くしているつもりはないけどね」


嘘だと、それは誰にでも分かる。
もちろん、言った本人にだって。

けれど、それを口にしてはその場を立ち去ろうと歩き出す。
それが余計にクラスメイトの男子には面白くなかったのだろう。


「してるじゃねーかよ 全然態度違うし」


「ああ、女子にはかなりいい顔してるよな、お前って 女好きって噂も本当って事だな」


少しでも気を引こうと、嫌に突っかかる男子二人。
けれど、は気にすることなく歩いていた。
気にしたらそこでおしまいだと分かっていたから。


「おい、聞いてんのかよ いいとこの坊ちゃんだからって、いい気になってんなよ?」


いくらなんでも頭に来たのか、普段の素行からは考えられない行動を二人は取っていた。
の手をガシッと掴み、前後に回り込むと退路を断った。


「別に、いい気になってるつもりはないけど」


それでも、は静かに淡々と言葉を返すだけだった。
それが、男子二人の癇に障るとも分からずに。


「仲良くするやつを、お前は選ぶのかよ?あ?」


「……ああ、確かにそう見えるかもしれないね」


指摘されて初めて気付いた事。
確かに、初めは同じ部活のメンバーだから仕方なく付き合ってきた──という部分はあった。
けれど、それが徐々に部活メンバーだけ慣れるようになり……部活外でも話せるようになった。

だが、部活などで全く関わりを持たないただのクラスメイトの男子とは……は全く話せなかった。
否、近づけなかった。


「見えるかも……」


「……しれないね、だ?」


その発言が、また男子の癇に障ったらしい。



いったい、どうしたら此処を立ち去れるんだろ……



今、目の前に居る男子の対処をどうするか──よりも、もっと考えたい大切な事がにはあったのだ。
それが出来ず、イライラしてくる。
そして──同時に、近すぎる距離、長すぎる時間に、心臓が爆発しそうになる。


「何、黙ってんだよ」


ガシッと、の胸倉を一人の男子が掴んだ。
顔を近づけ、怒りをあらわに向けてくる。



……もう、嫌……



気持ち悪い感情が、ぐるぐると回る。
考えたいのに考えられない。
逃げたいのに逃げられない。
離れたいのに……離れさせてもらえない。

嫌な事ばかりが頭をよぎる。
嫌な事ばかりが心をかき乱す。


「……だよ」


「あ?」


ポツリと呟かれたの声に、男子生徒は耳をの口元に寄せた。
何を言ったのか聞こえない、と意味を込めて。


「うっさいんだよ!!うちが誰と仲良くしようが、誰と仲良くしたくなかろうが、あんたにゃ関係ない!!
 うちは男が嫌いなんだよ!喚き散らして、気持ち悪くて、思うようにいかないと力に頼る!
 弱くて、ずる賢くて、吐き気がする!」


眉間のシワがみるみる深くなっていった。
今までに聞いた事のないようなの声。
そして、の怒りの言葉。

掴まれていた手を勢いよく振り払い、キッとクラスメイト二人を睨んだ。


「……なっ」


「なんだ、あんたら うちがあいつらと仲良くすんのがそんなに気に食わないわけ!?
 キモイったらありゃしない!うちがあいつらと仲良くしてるように見えんなら、その目、捨てちまえ!」


仲良くしてるわけじゃないと、は真っ向から否定した。
部活だから仕方なくだと、嘘を吐く。
本当は、初めてまともに話せるようになった男の友達だったから、大切にしたかった。
怖いから、必要以上に近づけないけれど……それを察して、彼らも必要以上に近づいてこないから。
だから、仲良くするのも苦じゃなかった。

ただ、一人を除いて。


「……それ、本当なの?」


「──ぇ?」


聞こえた第三者の声に、は振り返る。
そこに居たのは、ちょうど出くわしてしまったハルヒ。


「〜〜〜〜〜っ」


その場にいる事が、苦になった。
本心じゃなかった言葉を、聞かれてしまった。
あの部内で唯一の、女性であるハルヒに。

一瞬にして、の表情が歪みすぐに顔を背けると。


「かっ感じたままに……受け取ればいいっ」


それだけ言い捨てて、は走って教室の方へと向かっていった。



ああ、うちは馬鹿だ、馬鹿すぎる!
勢いでも、言っちゃいけない事があるのにっ



言ってしまった言葉に、罪悪感を感じてしまう。
嫌いじゃなかったからこそ、辛く感じる。
そして、ハルヒの問い掛けに違うと言えなかったほどに動揺してしまった心の弱さに反吐が出ると、は思った。



しばらくは……部活には顔、出せないかな……



クシャ、と前髪を掌で形を変えながら溜め息を吐いた。


「それより、身体検査どうしよう」


普通に、皆と混じっての検査ではバレてしまう。
ならいっそ休んでしまうか?と考えるも──余計、怪しまれる結果になりそうで断念せざるを得なかった。


「仕方ない あまり使いたくなかったけど……」


大きく溜め息を吐くと、は意を決した。
嘘を吐こう、と。
身体に大きな怪我があり、そういうものをあまり人に見せるようなものじゃないとでもいえばなんとでもなるだろう。
あとは、秘密を知る医者に秘密裏に検査してもらえばいいわけだ。


「……あとで、頼まないと」


その辺は一人でどうする事も出来るはずもなく、親に頼むしかないという結論に至り。
はそのまま教室へと歩みを急がせた。









to be continued...................





花見前までのオリジナルって感じで……やっぱりの裏ネタを散りばめてみたり(笑)
あと、ちょっとをキレさせてみたかったのも理由の一つでした☆
……キレ過ぎて、いきすぎた発言しちゃってましたが(苦笑)






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