こんな人間の事なんて……うちの事なんて、待っていてくれる人なんていないと思ってた
だから、初めて聞いた時は何かの冗談かと思った
















イトシイヒト 第十五話










からの話を聞いた後、は一人自室に籠っていた。
ずっとずっと、性別を偽り嘘をついてきた。
それはクラスメイトも先輩も後輩も先生に対しても同じだった。


「………うちは………あそこにいても、いいの?」


そんな問いを口にしても、誰も応えてくれるはずなかった。
女であるとバレ、酷い事を言った事も聞かれ、それでも自分を待っているなんて、は信じるに信じられなかった。

それでも、心の奥底で信じたいという思いが芽生えていた。
あの人達ならば、きっと待ってくれていると────そんな思いがあった。



戻って…………なんになる?
女だとバレただけ………何かが変わるとしても、多少の態度が変わるだけ

そして、うちはまた……みんなに隠し続けなきゃいけないことがある



隠していたことがバレたのに、まだ隠している事がある。
それがバレた時、はたして部員のメンバーとは自分を受け入れてくれるだろうかとは思案していた。
まだ隠していたと、嫌がられないかと。
そして。



………あんな事がバレたら、気持ち悪がられる………かな



隠している内容を聞いた時のみんなの反応が、は怖かった。


………酷い事言ったしうちの事だって知られたのに、今更どんな顔して……


あの人達だって、待ってるって事は先輩の事全部受け入れるつもりだって事だと思いますしね


ふと思い出したのは、先ほどのとの会話だった。
全部受け入れるつもりだ、と言っていたことを思い出し心が浮上する。

けれど。


や、だっ!!やめっ……ヒッ


過去を思い出すたびに、男は嫌いだと身体が拒否反応を起こす。
ゾワリと、悪寒が背中を駆けあがり、気分が悪くなる。



でも…………みんな、待ってくれてるって言ってた
も、みんなと待ってるって…………



このまま逃げ出し、昔の自分に戻るか。
それとも、自分の性別をさらけ出し少しでも前進するか。

それは、にとっては究極の選択だった。
どちらを選んでも苦しみは追ってくる。


「どちらでも苦しむなら……うちは、みんなと一緒に居たい………かも」


それが………

それが今の出した答えだった。
歩み寄るのに時間は掛るかもしれない。
全てをさらけ出すことは無理かもしれない。

それでも、男を嫌がり、男装して隠してきたの事を受け入れようとしてくれる人がいるから。



一緒にいたい………
もっと知りたい
もっと話したい



そう思えた。


「そうだね あとは、うち次第なんだ
 うちがどう決断するかで………運命は変わってしまうんだ」


バフッ。

音を立て、は自身のベッドへと身体を沈めた。
柔らかい生地が肌を掠め、暖かい温もりが心を休めてくれる。



大丈夫……………大丈夫、だから…………



そんな風に言い聞かせながら、は布団の温もりを感じながら意識を手放した。












「あー………なんで入るのにこんなに緊張しなきゃなんないんだろ」


苦笑を浮かべ、ガシガシとは頭を掻いた。
放課後になり鏡夜や環が教室を出てからしばらくして、は教室を出て第三音楽室へ向かった。

授業と授業の合間、鏡夜も環もを気遣ってか声を掛けてくることはなかった。
だからこそ、今、この瞬間がとても緊張するのだ。


「…………あれ?先輩?」


「…………え?」


扉の前で迷っていると、後ろから掛った声。
は間の抜けた声を漏らし振りむいた。

そこに立っていたのは……


「…………………ハルヒ」


の聞かれたくなかった言葉を聞いてしまった人。
戸惑うような、けれどここへ来てくれたことが嬉しいとでも言うような、そんな表情を浮かべを見つめていた。


「ええ、と………と、とりあえず中へ入ったらどうです、か?」


戸惑いながらも笑顔を浮かべ、を中へ入らせようと招く。
その言葉に、はたじろいでしまう。
本当に自分は、ここより先に足を踏み入れていい人間なのか。


「そう、だね………」


戸惑いながらも何も返事をしなければ、ハルヒもどうしようもない。
その事に気付いたは、ポツリと空返事をして中へと入るハルヒの後を追った。



みんなは……どんな反応をするかな……



ドキドキと心臓がなる。
怖い怖いと心が悲鳴を上げる。

それでも、は前へ進むと決めたのだ。
決めたのだから、それを実行しないわけにはいかない。


「大丈夫ですよ、先輩
 自分たちは…………みんな、先輩を待ってましたから」


それは、昨日、から聞いた言葉と同じものだ。
本当に待ってくれていたのだと、心が微かに揺れた。


「お、ハルヒ来た───────────────」


呟きながら環は、ハルヒの後ろについて来るの姿に言葉を失った。
いつも、そこにはいない姿。
ずっと避けられ、もう元に戻れないかもしれないと半ば思ってきた相手。

そんなが、今、ハルヒの後ろをついて部室へと足を踏み入れたのだ。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」


嬉しそうな声を上げ、に抱きついたのは光邦だ。
涙声で、の帰還を喜ぶような。


「みっ、光邦先輩ッ」


ビックリした声を上げながらも、はその小さな身体を両手で抱きとめた。


「戻ってきてくれたんだねっ!僕、ずっとちゃんが返ってくるの待ってたんだよぉ!!!」


ふえーん、と涙を流すようにギュッとに抱きつく光邦。
まるで、の存在を確かめるように。
そして、もう離さないと言わんばかりだ。

けれど、いつものの様子を思い出しハッとして光邦はから離れた。
その事に、はホッと胸を撫で下ろしながら笑みを浮かべていた。


「………本当、だったんだ が言っていた事は」


「ふえ?」


ポツリと小さく呟いたの言葉に光邦は首を傾げた。


「昨日、がうちのトコに来たんだよ それで、みんなはうちの事を受け入れるつもりだって
 待ってるって………みんなが も、みんなと一緒に待ってるって………」


頭の中が混乱していた。
だからなのか、の紡ぐ言葉はまとまっているようでまとまっていない。

嬉しかった。

辛かった。

信じたかった。

信じたくなかった。

戻りたかった。

戻りたくなかった。

分からない感情。
そんなものがぐるぐると心の中をかき乱す。


「待っているのは当たり前だと思うが?
 それとも何か?俺達は、同じ部員の復帰を待たない冷酷人間だと?」


にっこりと微笑みながら、鏡夜はをまっすぐに見つめた。
その笑顔は、至極の心をかき乱す。
かき乱して、揺らめかせて、ふわふわとした状態にさせる。


「…………そうは、思ってない、けど…………」


思ってはいない。
思ってはいないが、は嘘を重ねてきた人間だ。
そんな人間をそう簡単に受け入れられるとは考えにくかった。


「「思ってないけど…………何?」」


「………うちは、ずっとみんなに隠し続けてきたんだよ?」


光と馨の言葉にポツリと小さく呟いた。
それと同時に、の顔は徐々に俯いていき誰の視線にも表情が移らなくなった時。


「そんな人間を………みんなは何も言わずに受け入れられる?」


少しだけ視線を上げ、顔を上げ、上目づかい気味には全員を見つめた。


「言いたくないんだろ?」


環の静かな問いに、は小さく頷き返した。
性別を偽り続けてきた理由……それは、出来る事なら口にしたくないことだった。
記憶からも、思い出からも、過去の出来事からも、抹消したいほどに。


「なら、俺達は無理には聞きださない
 お前が話したいと言うのなら、話は別だがな」


「───────ッ」


鏡夜の淡々とした言葉が、今はにとっては心地よかった。
何も聞かずに受け入れてくれる。
嘘をついていたことを許してくれる。

なんて、心の広い人達なのだろうか。


「うち……またここに戻ってきても………いい?」


「「あったりまえじゃん」」


「そうだよぉ〜!」


は、ホスト部の一人なんだからな!」


「ああ」


「自分も、先輩がいてくれた方が嬉しいです」


「誰一人欠けても、うちの部は成り立たないからな」


の問い掛けに、光、馨、光邦、環、崇、ハルヒ、鏡夜が静かに笑いながら答えてくれた。


「……………ありがとうっ ほんとに………ありが、とう………ッ」


嬉しくて嬉しくて、涙が込み上げてくる。
目頭が熱くなり、鼻がツンときて、胸が締め付けられる。

なんていい人達に恵まれていたのか……はそんな風に、回りの環境に感謝せずにはいられなかった。









、あんたの言うとおりだったね……
みんな、待っててくれた

……………………それを教えてくれて、



















          ありがとう














to be continued







うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ようやく和解してくれましたねっ!\(゜ロ\)(/ロ゜)/
どんだけ意固地になっていたんだか、は……(笑)
まだ隠している事はありますが、一応は一つ目の案件?は一件落着ということで(#^.^#)
ここから徐々にと鏡夜の距離が縮まって進展していけばいいんですけどね。
どちらも、かすかに気に掛ってる状態で止まってるので(笑)←






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