あたしは、一人でも生きていける。



それは、最初はただの強がりだった気がする。
一人でも平気だって。
誰にも頼らなくてもあたしは大丈夫だって、そう思い込むことで自分を保ってた。

けど・・・・いつしか、その強がりは思い込みへ。
そしてやがて、自分の本当の意識へと、変わっていった。

実際、どうにか生きていけるものだって、今現在自分の人生で実証してるし。



だからあたしは、今ではちゃんと意思を持ってそう答えられる。

あたしは、一人で生きていけるって。
誰に頼らなくても、甘えなくても、あたしはあたしの力で・・・・ちゃんと歩いていけるって。












イトシイヒト 第二話












無駄に煌びやかで、かつ無意味に金を使っていそうな学校の廊下を、は一人歩いていた。

ここ桜蘭学院はいわゆる超セレブ学校で、教室も設備も外・内装もとにかく全てが、学校とは思えないほど派手で煌びやかだ。
当然、通ってる生徒は皆、名のある名家の子息や令嬢ばかり。

そんな学校に、超ド庶民であるも今年の春から通っていた。
規定の制服を買う事もできないには、本来ならこの学校の(にとっては非常識な額の)学費も払えるわけがないのだが、特待生試験に受かったため何とか通えている。
学力的にはかなりレベルの高い学校なので勉強は大変だし、生活水準も価値観も、何から何まで違いすぎるクラスメイトの中で過ごすのはもっと大変だが・・・。
それでもにはこの学校に来た目的があるので、頑張れる。



にしても・・・・この学校には静かな教室はないのだろうか?

図書室も空き教室も、どこも放課後だというのに騒がしい。
今日は居酒屋で夜中までアルバイトの日だから、時間までどこかで仮眠を取りたいのだが・・・・。



「・・・・ん?」


用がないなら帰れよヒマ人が・・・・・などと内心で悪態をつきながら、静かそうな場所を探して歩き続ける。
すると、ふと『第3音楽室』と書かれているプレートが目に入った。



音楽室なら使用頻度も低いだろうし、周りもシンとしてるし、ここなら大丈夫だろうか・・・・。



静かで人がいなければこの際どこでもいいので、ここを仮眠場所にしようと決めて、ドアを開ける。
すると・・・・


「「「「「「「「いらっしゃいませv」」」」」」」」


何故か教室の中は亜熱帯みたいな空間になっていて、外国風の仮装をした妙に美形な集団が、ポーズまで決めてそこに立っていて。
何でいきなり教室の中がジャングル?とか、つーか何者?とか、色々突っ込みたい事はあったのだが・・・。

無言で5秒ほど静止した後、とりあえずそのままドアを閉めた。

・・・・が・・・・・。


「ちょ、ちょっとちょっと!!待っておくれ姫!
 つれない人だ・・・・・どうしてすぐに帰ってしまおうとするんだい?」


「・・・・いや、すみません、間違えました」


とりあえず今見た事は記憶から消去し、さっさと踵を返して立ち去ろうとしたのだが・・・・。
センターに陣取っていた、一番美形だけど一番派手だと思った男子が何故か追いかけてきた。
何となく関わりたくないので、目を合わせないようにして一言、そう言っておくが・・・・・。


「間違えた?・・・・いや、大丈夫。君は何も間違えてなどいないよ」


何故か彼は自信満々の笑顔で、キッパリとそう言い切る。
会話が成立していない気がするのは、おそらくの気のせいではないだろう。


「は?いや、あたしは・・・・」


「さあ、おいで。我々ホスト部は君を歓迎するよ!もう一人の庶民特待生、さん」


「え、何であたしの名前知って・・・・」


「庶民特待生は色々な意味で有名人だからね。存在と名前くらいは学院中の人間が知っているよ」


の言葉から繋げるように、メガネをかけた黒髪の男子が静かな口調でそう呟いた。
色々な意味ってどういう意味だ、とか、1年だけならともかく学院中に知られてるとか凄いウンザリするんですが、とか色々言いたい事はあったが・・・・。


「はぁ・・・・それはまた、はた迷惑な・・・・・」


その前に、先に喋ってた人が口走った妙な単語が気になって、それしか突っ込めなかった。
の耳が確かなら、『ホスト部』と聞こえたような。
一体何だろうか、それは。
そんな聞くからに阿呆らしい部活まで、この学校には存在しているのか?


「ねー殿、独り占めしてないで僕達にも紹介してくんないー?」


「そーそー。一応隣のクラスだけど、僕達喋った事ないしさー」


そう言いながら彼の後ろから出てきたのは、そっくりの顔をした2人の男子生徒だ。
話した事はないが顔と名前は知っている。
1年A組の双子の兄弟、常陸院光と馨・・・・だったか。


「あれ、あんた達って確かA組の・・・・」


「そ!常陸院光と・・・・」


「馨でーす♪殿なんかほっといてこっち来なよ」


「「とびっきり楽しい時間にさせてあげるからさv」」


「え、いや・・・・
 あたしはただ一眠りする場所探してただけだからここには用も興味もないし、むしろ帰りたいんだけど」


左右から肩を抱かれ、見事なユニゾンでそう勧誘?されるが、あいにくはホスト遊びもどきになど興味はない。
むしろ、貴重な睡眠時間を減らされたくないので、さっさと帰りたい思いでいっぱいだ。

しかし、帰らせてもらえるどころか逆に、殿と呼ばれた彼に腕を引っ張られてしまって・・・・。


「ええい!いらん手出しをするなドッペルゲンガーズ!!
 すまなかったね姫、さあ、こちらへどうぞ」


「いや、だからあたしは別にホスト部に用があったわけじゃなくて・・・・!」


「飲み物は何がお好みかな。紅茶ならマリアージュフレール、ロイヤルスコティッシュ・・・・・
 ああ、それとも姫は紅茶よりもコーヒーを御所望かな?」


「・・・・・・・・・・・・」



・・・人の話聞けよ。

って言うか、頼むからもう帰らせてください。あたしの貴重な睡眠時間を邪魔すんな。



・・・・・と心の中で訴えた所で、楽しげに微笑んでいる彼には届かないようで。
聞いたこともない、おそらくかなり高級なのだろう銘柄をつらつらと並べては「姫はどれがお好みかな?」と聞いてくる。



おそらくは先輩だと思うが、なんなんだろうこの人は・・・・。



確かに顔は思わず見惚れるくらいの美形だし、スタイルも良ければ声もいい。
だが、さっきから自分の世界に入っていると言うか、頭の中身がアレっぽそうと言うか・・・・・ついでに言うと、いちいち背後にキラキラを飛ばさないで欲しいと言うか。
つまりどれほど容姿が整ってようが、周りの女子から熱い視線を送られていようが、にとってはただの変人にしか見えない。


「あのー・・・・さん、だよね?」


これ以上付き合う気にもなれなくて、すみません帰ります、と切り出そうとして口を開いたその瞬間・・・・同じタイミングで、他の人の声がした。
もちろん、その声に反応したために言うはずだった一言は飲み込まれてしまった。

だが、その声には聞き覚えがある気がして声の方を向くと、知った顔がいた。
他の男子のように仮装ではなく制服姿だし、髪型が違うので印象も大分変わったが・・・・と同じ庶民特待生の藤岡ハルヒだ。
学年は同じでもクラスが違うので、まともに顔を合わせて話をするのは試験以来になるか・・・・。


「あれ、藤岡さんじゃん。何してんの?こんなとこで」


が何気なく言ったその言葉に何故か教室中がシンとなった。
ホスト部の男子陣は全員びしぃっ!と固まり、遊びに来ている女子生徒たちはキョトンとした顔でを見ている。



・・・・なんだ?その反応・・・・。



まあ、別にどうでもいいのでそれは置いておくが・・・・・。
けれど、なぜ女子であるハルヒが、男子の制服を着ているのだろうか?


「うん、まあ・・・ちょっと。でも、こうやって話すのって試験の時以来だね」


「そーだね。つか、何で藤岡さん男子の制服うぉわっ!?」


何故、ハルヒが男子制服を着ているのか尋ねようとしたが・・・・その途中で勢いよく腕を引っ張られてしまい、奇声とともに言葉が途中で途切れてしまった。
その勢いのままに後ろにすっ転ぶかと思ったが・・・・ぽすん、という音と共に、何かに包まれる感覚がした。


「えっ・・・・へ?」


「ああ・・・乱暴な事をしてすまない。けれど姫、どうか今は俺の事だけを見てくれないか?」


「はい!?」


「こんなに気高く美しく、可愛らしい姫だ。
 他の男が心奪われてしまうのもわかるけれど・・・・今この時だけは俺だけの君に・・・」


そう言えば未だに名前を知らない彼は、の細い顎に手をかけ、少し強引な・・・・けれど優しい仕草で、自分の方を向かせた。
その体勢はさながら、口付けを交わす時のそれに似ていて。
ほとんど彼に抱きしめられている体勢なのも相俟って、顔の距離はかなり近い。

間近で見る彼の瞳の色は色素が薄く、うっすら紫がかっていて・・・・・この上なく、綺麗だった。
それだけじゃない。きめ細かい肌も、端麗な顔立ちも、何もかもが整いすぎるくらい整っていて・・・。
艶めいたその視線も、間近で瞳を覗きこまれる感覚も、自分を包むその温もりも・・・・どれも、今まで自分に向けられた事などないもので。
意識せずとも、一気に自分の顔に熱が集まっていくが・・・。


「いっ・・・・あ・・・・・・や―――――――!!!」


気がついたらほとんど無意識に、彼の体を思いっきり突き飛ばしていた。
もちろん彼も結構な勢いで吹っ飛んだが、今はそんな事は気にしていられなかった。


「痛ぁっ!?姫、いきなり何を・・・・」


「いいいいきなり何すんですか!!
 てか、そのキショい呼び方いい加減やめてよ!!セクハラ!KY!!変な人ッ!!!」


心臓がバクバクとかなりの速さと大きさで鳴っている。
いきなり高熱でも出たのかと思うくらい顔が熱く、その顔色は耳の先まで真っ赤だ。

勢いのままに今の行動に対する苦情を言うと、彼はなにやらショックを受けたのか、落雷でも受けたような顔をした後に体育座りしながら落ち込んでしまった。
ジャングルの片隅で煌びやかな衣装を着て体育座りする超美形など、それはそれで珍しいというか、シュールな光景だが・・・・。


「あーあ、嫌われた。初めてのお客様にいきなりセクハラするからだよ、環」


ぽん、との肩に手が置かれる感触を感じたのと、そんな言葉が聞こえたのは同時だった。
この変人は環って名前なのか・・・・と思考の隅で思いながら横を向くと、自分よりも若干身長の低い男子が微笑みながらそこに立っている。

見ると人懐っこい笑顔を浮かべ、髪を少し長く伸ばした・・・・これまた、かなりの美青年だ。


「ねえ、もし良かったらあんなのは放っといて、うちと一緒にお茶しない?」


「え、あ・・・いや、あたしは」


「美味しいケーキとかもあるよ。甘いものが嫌いじゃなければ、きっと口に合うと思うからさ!」


にこやかな笑顔を浮かべた新たなホスト部員に腕を引かれ、席へと連れて行かれる。
確かに言う通り、そこにはいかにも高級そうなティーセットに、おいしそうなお菓子が並んでいた。



・・・・・仕方ない、仮眠するのは諦めるか・・・・。



成り行きとはいえ、しっかり招待されてしまった以上は帰るとは言い出せないし、もう流れに任せるしかない。
それに考えようによっては、この状況もまあ悪くはないだろう。
睡眠時間は得られなかったが腹ごしらえはできるし、何よりこんな高級そうなお茶やお菓子がタダで食べられる機会など早々ないのだから。

「さあ、どうぞ座って。紅茶がいいかな。それともコーヒー?」


「あ、どうも・・・・・じゃあ紅茶で。えっと・・・・」


「ああ、名前?うちは2−Aのって言うんだ。よろしくね」


先輩、ですか。あ、1−Bのです」


先輩が相手なので一応会釈して自己紹介すると、彼は笑顔で「でいいよ」と言ってくれた。
環や先ほどの双子とはまた違う、朗らかで人懐っこい・・・・なのにどこか綺麗だと思わせる笑顔だ。
どこから見ても、やや中性的な雰囲気の美青年、と言った笑顔。

だが・・・・・その笑顔を見て、はふと感じた。

何が理由で、と聞かれると、わからない。
ただ本能的に・・・・強いて理由を挙げるなら"直感"で、そう思ったのだ。



彼はもしや・・・・



「あのー・・・・先輩。1つお聞きしたいんですけど・・・」


「うん?何?」


下からのアングルで覗き込むように、微笑みながらの瞳をじっと見つめてくる。
大抵の女子ならこれで落ちるのだろうが、あいにくは全く心が揺らがなかった。
別に、美青年に興味がないわけではない。
男子に必要以上に迫られるのは気恥ずかしくて苦手だが、自分はいたってノーマルだ。

けれど・・・・の中で"仮定"が"確信"に変わったから。

今の時点では根拠など全くないし、理由を聞かれても『何となく』としか答えられない。
それでもの中で生まれた1つの答えを、は自分で全く疑っていなかった。

彼は、"彼"ではなく・・・・・・"彼女"だと。


先輩って・・・・女子ですよね?」


にだけ聞こえるように小声で呟いたその言葉に、の瞳が大きく見開かれた。
も何も喋らないので、そのまま数秒の沈黙が流れるが・・・・やがてはさっきみたいに、ちょっとおどけて笑ってみせる。


「え〜?何それ、そんな訳ないじゃん!何でそんな事思ったの?」


「何でって言われても・・・・強いて言うなら直感で。
 けど、今の先輩の反応から言って、やっぱりそうなんですね」


こちらが確信を持って即座にそう返すと、今度こそは完全に言葉を失っていた。
確かに、これで全く動じずに即否定されたなら、自分の勘違いだったで終わらせたが・・・・・口では否定しつつも、の反応は明らかに『肯定』だから。
こちらが疑問系ではなく断定系で聞いた事も、その一因かもしれないが。

だが、ハルヒといいといい、何故女子である2人が男装までしてホスト部にいるのか?

しかも、先ほどから周りの反応を見るに、2人とも皆・・・・少なくとも客である女子生徒には男で通しているようだし。
ハルヒなど、2年生の先輩らしき女子に「次はあなたをお気に入りにしてさしあげてよ?」などと宣言されている。

何がどうしてそうなっているのか、そもそも女が女にちやほやされて嬉しいものなのか。
その辺は、にはさっぱりわからないが・・・・・あまり個々の事情を詮索するのは好きじゃない。
だから・・・・


「言わない方がいいなら、誰にも言いませんから。
 人の秘密を暴露するとか、そういうの趣味じゃないですし」


あっさりした調子でそう告げて、は軽く微笑んだ。

そうしている理由は知らないしそれほど興味もないが、男で通した方がいいのならそれに合わせるのが一番いいだろう。
余計な事を言って敵を増やすのもごめんだし、故意に人を傷つけるような悪趣味も持ち合わせていないから。

それに・・・・秘密を知ろうが知らないで終わらせていようが、正直あまり関係のない事だ。
今日は成り行きでこうなったが、もう一度ここに来る事はないだろうから。

学校でこんな事を繰り広げている感覚はどう頑張っても理解できないし、それにこんな金持ちの道楽に付き合っているヒマもない。

自分には目的があって、やりたい事もあって、そのためにこの学校に入った。

寄り道なんかしているヒマなど、自分にはないのだから・・・・。













はこの時、まだこれっぽっちも気付いてはいなかった。

決して、彼らとの繋がりはこの限りで終わりはしないことに。
今日の彼らとの出会いが・・・・今後、の人生にとてつもなく大きな影響を与えていくということに。










エリちゃんとのリレー小説、2話でしたー!

ヒロインのお相手である環を出張らせてみましたが・・・・・『印象的な初対面』を目指したはずが、何だか全体的にギャグになってしまった;
環が妙に自分で接客したがったのは、無言でドア閉めて去ろうとした人は初めてだったので、それで何かに火がついたものかと(笑)
というか・・・・結局その環が単なるアホで終わった気がしますが、まあ環だから良しって事で(酷)

ハルヒの性別は秘密だってことを知らないんで、ヒロインも悪気なく『藤岡さん』とか言っちゃいました。
ちなみにこの2人は、入試・・・・特待生試験?の時に顔を合わせてるんで、顔見知りなんです^^






イトシイヒトに戻る