何でそんなにもハルヒが春日崎さんに指名される事を嫌がるかな?



ズルズルとラーメンを啜りながら、つまらなさそうにする環の様子に溜め息をついた。



そんなに客を取られたのが気に食わないのかな?



ハルヒ=男な頭のは、そう考えることしかできなかった。
否、ハルヒ=男な頭で他の事へと繋げるなんて、頭が可笑しいとは内心首を左右に振った。


「もう我慢の限界だ、ハルヒ!ちゃんと──」









イトシイヒト 第三話









「ちゃんと女の格好をしろ!!」


「「……は?」」


環の発言に、ハルヒ本人との間の抜けた声があがった。



今、環はなんて言った?
女?
ハルヒが女って……

女、って……言った?



幾度も瞳を瞬かせた。
だって、ハルヒは男だと思っていたから。


「ちょ、待って!ハルヒが女ってどういうこと?」


「ああ、そう言えばにはまだ話していなかったか」


のあげた声に鏡夜が納得したようにポツリと呟いた。



そういえばって、勝手に納得しないでよ
ワケ分からないんだけど……



話が掴めず、ぽかんと口を開けてしまう。
誰でもいいから説明して欲しいという気持ちが、どんどん広がっていく。


「ハルヒは、こういう格好をしているがれっきとした女なのだよ!」



それはつまり、この部に居させるために男装させていると?



そんな風に思ったけれど、それは口にしなかった。
言ったら最後。
鏡夜の視線が怖いような気がしたのだ。
いや、鏡夜だけではないかもしれないが。


「だが、ハルヒ!女でありながら、何が悲しくて女にモテモテにならねばいかんのだ!!
 前にも『女の子に騒がれるのも悪い気がしない』とか『今度からは俺って言おうかな』とか言っていたが……何が悲しゅうて!!!」


すでに環の暴走が開始していた。
こうなっては誰にも止められるはずもなく──


「……つまり、ハルヒが女だって知ってるのは部員だけってことなんだね?」


「そういう事だ!つまり、桜蘭学院の生徒はみな、いや教師の皆ももしかしたら……
 ああ、何故男だと思わせなければならんのだ!」


頭を抱えて、あちこちへと歩き回る。



男だと思わせるきっかけを作ったのは、他ならぬ環なんじゃ……?



そう思っても、口を挟まない。
否、挟めない。
いや、挟みたくないのかもしれない。


「……あほらし」


ポツリ、肩を竦めて呟くとはそそくさと輪の中から抜けた。
近くのイスを引っ張り出し、そこに座ると足を組み大きく溜め息を吐く。



そんなにハルヒが女にモテるのが嫌なら、部活に入れなきゃ良かったのに
というか、今からでも遅くないからやめさせればいいの……いや



そんな事を考えていただが、ふとある考えに到着した。
もし、今ハルヒが部活をやめてしまったら?



また、男だらけの部活に一人……?
いや、それは出来れば避けたいというか……



ゴソゴソと何かを探し始めた環を無視し、は考えに浸っていた。



確かに部活をやってるから、この部の男性くらいなら少しは喋れるけど……
いや、出来ることなら口は利きたくないけど、部活だから仕方ないというか……



少なからず、自ら好んで近づこうとは思わない。
思わないが、部活を通しての付き合いだから話さなければならないし、多少の慣れは出てくる。
悪い人間じゃないのも分かっているし、自分同様に何かを抱えているわけだ。

それでも、トラウマは"仲良くしよう"という意思を遠ざける。


「人の写真を勝手に引き伸ばさないで下さい!!」


「ん?どうかしたの?」


物思いに耽っていたの耳に、ハルヒの絶叫が聞こえた。
だからこそ、の意識が引き戻されたのだが……


「ああ、ハルヒの写真ね へぇ、昔のハルヒはこうだったんだ?」


女の子だなーと思いながら、ハルヒと写真のハルヒを交互に見つめた。



んー、ほんと不思議だよねぇ



写真を見ながら「見れば見るほど不思議だよねー」と呟く光の声に内心同意した。


「なんで、これが、ああなっちゃうわけ」


写真のハルヒを見つめてから、光は今のハルヒを見つめた。
確かに、あんなに長くて整えられていた髪を、こうもバッサリ切るのかと思わずにはいられない。
切らなければ、決して男と間違えられてホスト部に入部させられることもなかったことだろうに。


「実は、入学前日に近所の子にガムをひっつけられて……」


「まさか、とは思うけど面倒で切っちゃった……とか?」


ハルヒの言葉を聞いて、は恐る恐る問い掛けた。
違う場所で話を聞いていたの方にハルヒは振り向き、コクンと頷いた。



ああああ……ほんとに、もう……



せめてバッサリ切らなきゃ良かったのに、とは思った。
セミロング、もしくはそれ以上の長さになるくらいに留められなかったのか──と。


「前に話した通り、って先輩は知らないかもしれないですけど、コンタクトは失くしましたし
 まあ、自分としては男に見られても別にいいですけどね」


どうでもいい、と言わんばかりに溜め息混じりに呟くハルヒに、はあんぐりと口を開いた。
ここまで性別と外見に興味のない女子は初めてだ。


「むしろ、その方が千人のノルマを達成して八百万を返すのに都合いいわけですし」


「千人のノルマに八百万円の借金……ねぇ
 女の子に戻れって言う前の問題じゃない?というか、原因は環みたいだし」


「うっ」


ハルヒの話を聞けば、の言う結論に到着するのは当然だ。


「意外と女の子に夢見てんだなー、殿って」


「ところでおまえ、社交ダンスの経験は?パーティーじゃ必須だぞ」


しくしくと泣きはじめた環は、鏡夜に縋り始めた。
そんな環をよそに、光と馨はハルヒにそんな事を問い掛けた。


「……あーあ」


そんな様子を見つめ、は小さく声を漏らした。
ハルヒは双子と、すでに社交ダンスの話で盛り上がって?いる。


「自分で蒔いた種なんだし、仕方ないよ、環」


ぽん、と環の肩に手を乗せて諦めさせるように呟いた。
ハルヒ、部活存続のために。


「ときに、環、鏡夜」


「なんだ?」


「?」


「ハルヒにワルツを習得させて、パーティーで披露できたら借金を半減してあげれば?
 ハルヒ自身もやめるって考えは強く持ってないみたいだし……」


の発言に、環の瞳がキランと輝いた。
何かを考えついた時の表情だ──とは知っていた。
といっても、今回の場合は環が思いついたわけじゃないのだけれど。


「よかろう!!そこまで男の道を歩みたいのなら、是非協力させて頂こう!
 社交ダンスは紳士の常識!」


「一週間でワルツをマスターし、パーティーで披露できたら借金を半減してやろう」


環と鏡夜がポツリと呟いた。
温度差はあるけれど、の意見にどちらも乗り気だった。
やめる気があまりないのなら、借金返済の近道にと──の考えだったのだけれど、いらぬお節介だったのかもしれない。
そのことに、は気づいていなかったが。











「すみません、春日崎さん 練習相手なんて……」


レッスン一区切りについたのか、ハルヒはお茶を春日崎に勧めた。
タオルで汗を拭きながらも、春日崎は嫌な顔一つせずにハルヒに「いいのよ」と微笑んでいた。

そんな様子を見ていたは。


「……やっぱりうちもダンスするんだよね……」


不安に凄くかられていた。
だって。



どうしよう
うち、女子相手のダンスなんてしたことないから、分からないんだけど……



ハルヒよりも早くこの部活に入部していたけれど、今までダンスなんてした経験なし。
女子のダンスの仕方なら分かるが、今ここでそれが役に立つことはない。


「……?」


「あ、鏡夜……何?」


掛けられた声にハッと気づき、首をかしげた。
ドキドキと心臓が脈を打つ。



び、吃驚した……
全然気付かなかったよ……



呼吸を整えながらも、それを気取られることなく鏡夜の言葉を待った。


「何を物思いに耽っているんだ?」


「別に……」


問い掛けに視線を外しながら答えた。
言えるはずがない、踊れないなんて。
どんな所からバレるかなんてわからないのだ。


「練習はしなくていいのか?」


「鏡夜は?うちに言う前に、自分はどうなの?」


「俺が失敗するとでも?」


「……ソーデシタネ」


問い掛けに問い掛けで返したに、鏡夜はいけしゃあしゃあと答えた。
けれど、それで納得させてしまうのだから凄いのかもしれない。
苦笑を浮かべ、カタコトな日本語口調で呟いた。


「というか、練習するって言っても相手もいないのに出来るわけないと思わない?」


足を組み、その上に肘を乗っけて頬杖を着く。
さらりと髪が頬を撫でる。


「なら、俺が相手になるが?」


言ってに手を伸ばす。
頬杖を着く手に触れようと、距離が縮まった瞬間。

パシンッ!


「……触らないでもらえる?」


の手が鏡夜の手を拒絶した。
勢いよく立ちあがり、鏡夜を敵視するような鋭い目つきで見つめた。
これはもう、睨みつけた──と言っても過言ではなかった。


「……ああ、それは悪かった」


が男に対し、極端な態度を取る──そんな事を「やはり」と再確認するに終わった。
だが、拒絶の様子から悪い事をしたと分かったからこそ、鏡夜の口からそんな言葉が漏れる。



……そうやって、すぐに謝るからっ



だから、優しいと思ってしまう。
苦手だけれど、一番居やすいと思ってしまう。
他の誰よりも、必要以上に近づいてこないから──そして、近づきすぎた場合、こんな風にあっさり引いてくれるから。

どんな態度を取ったって、いつもと変わらずに……


「まあ、お客様の迷惑にならないようにな」


「分かってるよ、そこんとこは」


「ならいいが」


カツンと靴を鳴らし、鏡夜はの元を離れる。

ドクン……
ドクン……

心臓の音が煩いほどに脈動していた。
触れられていないのに、身体が拒否反応を示し動悸が激しくなる。


「……大丈夫か?」


「──っ!」


ボソリと、低い声が聞こえた。
が視線を上げると、そこに居たのは崇で──同時には心臓付近をギュッと握りしめ目を見開いた。



違う……
今、目の前に居るのは崇先輩で……あの人じゃ……



「ハァッ ハァッ」


分かっているのに、頭では考えられているのに、身体が拒否をする。
徐々に激しかった鼓動はより一層激しさを増し、息が喉に詰まる。


「ハッ……ヒッ、ぅっ……」


口を開いて息をして、肩が上下する。
完全なパニック発作を発病していた。


?」


「ごめ、なさ……やめ……」


そう言いながら、はゆっくりとその場にしゃがみ込む。



まだ、始まったばかり……
早く、落ち着かなきゃ……呼吸を、整えて……



ゆっくりと、呼吸をしようと息を吸った。
その後、崇が慌てて保健室に連れて行ってくれたが、すでに意識は朦朧としていて、拒絶している暇はなかった。
また、拒絶する余裕さえもなく、拒絶なんて出来る状態でもなかった。

そして、そのまま病室で休み──九死に一生を得た。
死にそうにはなってはいなかったけれど。









to be continued.........................




パニック発作を出させてみました。
紙袋を取り出して、すぐ解決☆をしようかと思いましたが……とりあえず保健室騒ぎにしようかと(笑)
今回は原作のハニー先輩じゃなくてを急患にさせてみましたが。
このあと、なんとか落ち着いたことでしょう、うん。
じゃなきゃ困るんですがね(笑)






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