「「「「「「「「いらっしゃいませ」」」」」」」」
扉を開けた先には着物に身を包んだホスト部一同がスタンバイしていた。
その中に、ゲンナリとした嫌そうな表情を微妙に滲ませているの姿も。
もちろん、少しホスト部の輪から離れたところでのスタンバイだったが。
イトシイヒト 第七話
「はい、和菓子 食べるでしょ?」
言って、は皿の上に和菓子を数個盛ってやってきた。
そこに居るのはを指名した女性達。
「くん ええ、頂くわ」
「その和菓子は、もしかして落雁(らくがん)かしら?」
「さすがだね」
問いかける女生徒に対し、は肯定を意味する言葉を口にした。
皿の上には、色とりどりの落雁というお菓子。
これは、和菓子の中では高級なものとされているため──やはり女生徒達は知っていた。
「それじゃ、お茶はこれにしよっか」
「それは?」
いつもなら、出来あがったお茶が運ばれてくる。
もちろん、目の前で入れてくれる事だってあるが──今回はいつもと違うからか、女生徒は不思議そうに首を傾げた。
「龍井茶(りゅうせいちゃ)だよ 中国のお茶でね」
言いながら、はカップを三つテーブルの上に乗せた。
そして、そのカップの中に茶葉を入れると熱湯を加えた。
まだ、茶葉とお湯が二分されているが──これは徐々に色も味も出てくるものだ。
「でも、これじゃあ飲みづらいんじゃないかしら?」
全てを飲めない、と女生徒はに問いかけた。
その問い掛けも予想の範囲だったのか、くすっと微笑んだ。
「このお茶は、お茶をコップの二割ほど残して、なくなる度にお湯を加えていくものなんだよ
でも、心配しないでね?三、四杯は堪能できるから」
にっこりとほほ笑み、ちゃんと説明は忘れずにした。
このお茶を部のお茶として活用したいと鏡夜と環に行ったのはだった。
たぶん、の受け持つここ以外でもこのお茶は出ている事だろう。
「……っと、ごめんね?ちょっとうち、席はずすよ?」
「え?くん、どこか行ってしまうの?」
カタンと立ち上がったに、少し寂しげな表情を浮かべる女生徒達。
その表情に申し訳なさそうに微笑むと「ごめんね」ともう一度告げた。
「すぐ、戻ってくるからさ」
「もぉ……くんってば」
そう文句を口にするも、女生徒達の表情には『仕方ないなぁ』という苦笑が滲み出ていた。
そして、の向かう先には──
「ハロー、お嬢さん?」
「へ?」
「ハルヒに誘われたんでしょ?そんなとこに居ないで、入った入った ね、」
抵抗があるのか、それとも何か考え事でもしていたのか。
入口で佇むに気付いたが、そこへ向かったのだ。
「あ、はい どうしようかなって思ったんですけど、せっかくお菓子やお茶も出ることですし……」
に促されるままに、中へと進んでいく。
「うんうん 美味しいしね〜
それに、大勢で食べたほうが断然楽しいし」
「あ、そうですね」
ちょっと違うような、けれどあながち間違っていないような。
の言葉には苦笑して──
「あ、誰指名する?やっぱり誘ってくれたハルヒ?それとも、にゾッコンな環?」
少しからかうように、はに問いかけた。
さて、どちらを選ぶ?と選択肢を迫るように。
「ええと……」
「環にしとく?多分飽きないと思うし……ウザイかもしれないけど」
迷うには片方の選択肢を提示した。
確かに環はウザイ。
馬鹿でナルシーで、ひたすらテンションが高い。
けれど、優しくて面白くて情熱もあって──人を見る目があるのも確か。
「呼んだかい?」
「あ、噂をすれば影」
スッと現れた環に苦笑を浮かべる。
まさしく、いいタイミング──というものだ。
「んじゃ、当人来ちゃったし……あと宜しく頼むよ、環」
「ああ、分かったよ それじゃ、行こうか、姫」
ヒラヒラと手を振りながら、待たせている女生徒達の方へと戻っていく。
そんなの背後で、環がをエスコートしようとし──言った呼び名に拒否される声が聞こえてくる。
「学習しないなぁ〜」
クスクスと笑いながら、は歩みを進めて席へと戻った。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえ……でも、今の方って」
「ああ、のこと?」
カタンと席に座るを見つめ、お茶を啜りながら女生徒は頷いた。
「ハルヒに誘われたんだってさ こういう所慣れてないみたいで、可愛いよね」
くすくすと微笑みながら、はカップに手を伸ばした。
「くん……」
「もちろん、あんた達も可憐で素敵だよ?女の子の鏡だよね」
呟きながらが思い浮かべるのは、『女であるはずの自分』だった。
男と思われているハルヒだって、ところどころで女の子の顔を見せる。
学校なら制服が男子のものだから、余計男子に見えてしまいがちでも……やはり家に帰れば。
そう考えると、自分はなんて女子の過程から外れているんだろうと思えた。
「……っ」
「くんっ」
の言葉に頬を赤く染める女生徒の様子に、また笑みを濃くした。
「あんた達はあんた達 は うちはうち あまり他人を気にしないようにね?
嫉妬は、どんなに素敵な人をも醜く変えてしまうからね?」
先日のクリスマスパーティーの事を知っていた。
あれだけ騒いでいれば、否応にも耳に入ってくるから。
今、が接客をしている女生徒は、先日のクリスマスパーティーの時にに罵声をぶつけていたメンバーには居なかった。
けれど、の元へ行って帰ってきた後の表情や言葉の節々で感じたもの──
それは、先日のパーティーで感じたものと似て異なるものだった。
まだ、あそこまで酷くは行っていないが──かすかなジェラシーを感じるものだった。
「そんなっ」
「うちは、あんた達の嫉妬に狂う姿は見たくないって言ってるんだけど……伝わらない?
せっかく可憐で素敵なんだからさ……言ったでしょ?あんた達はあんた達だって
あんた達にしかない良さだって、ちゃんとあるんだから……それを潰さないで?」
環に伝授してもらった、上目づかいで問いかければ女生徒達は頬を染め上げ射止められる。
そして、何度も何度もコクコクと頷きの言葉に賛同した。
たぶん、これで一部の敵は滅することができただろう──と内心安堵。
もちろん、完璧ではないだろうけれど。
女の嫉妬ほど、怖いものはないから。
「あれ?お客さん新顔だね どしたの?入っといでよ」
「ん?あ、ほんとだ」
馨の言葉に、は歩みより入口に視線を向けた。
するとそこには見知らぬ姿があって、馨の言葉に納得。
「こおらっ!初めてのお客様にはもっとソフトに!!」
腰に手を当て、接客の仕方に注意を入れる環。
その声にびくっと肩を揺らす少女に向かって、環はゆっくりと手を差し伸べた。
「さ……怖がらないで、お姫様
ようこそ、桜蘭高校ホスト──」
「触らないで、ニセモノオォォォォッ!!」
優しげな眼差しで手を差し伸べる環の言葉をさえぎり、少女は絶叫した。
近づく環を張り手で撥ね退けながら。
「ぶっ」
その言葉に、は吹き出してしまう。
そして、環といえば……
「ニ、ニセ……?」
張り手された顔を手で押さえながら、驚いた瞳で少女を見つめていた。
長い髪、頭につけられた大きなリボン、大きなおでこを見せる前分けの髪型。
見た目だけなら、可愛らしいお姫様のような容姿の持ち主。
しかし。
「あなたがこの部の王子的存在だなんて信じられませんわ!!
王子キャラたるもの、そう易々と愛をふりまいたりしないもの!
ちょっぴり憂いを含んだ寂しげな笑顔が乙女のハートを震わすものなのにっ」
言いながら少女は胸の前で手を組み、ふるふると首を左右に振った。
長い髪はそのたびに揺れ、悲しげな表情が髪の間から顔を覗かせる。
凄い言われようだよね……
その言葉を聞いていて、は苦笑した。
肩をすくめ、他人事のように見つめるだけだった。
「どうしてそんなに『馬鹿みたい』なの!?
まるで、頭の軽い『ナルシスト』じゃない!!」
「あー……とりあえず、それくらいにしたほ──」
「無能!凡人!最っっ低!!!」
止めに入ったの言葉に少女は見向きもせず──環に突き刺さる言葉を続けた。
当然、その言葉にショックを受けた環は一度石化して固まり。
「「おお!新ワザだ!!」」
光と馨が言うように、今度は砂のようにスローモーションで崩れ去っていった。
「あーあ 再起不能、かな?」
「君は……」
「ん?」
そんな環を遠巻きに見つめていると、聞こえた鏡夜の言葉にの意識は環から逸れる。
今の鏡夜の言葉を聞くと。
知り合い?
そんな風に思ってしまう。
「鏡夜様!!」
鏡夜様?
少女の言葉に、はポカンとした表情を浮かべた。
まさか、常連の女生徒以外からそんな言葉を聞く事になるとは思わなかったのだ。
「お会いしたかった……v私だけの王子様……v」
言って、ひしっと少女は鏡夜に抱きついた。
その様子を、部員全員は唖然とした表情で見つめていた。
何……あの子……
その様子を見て、は眉間にシワを寄せた。
男なんて嫌い。
男なんて。
男なんて。
男なんて。
そう思うのに、少女の行動がには面白くなかった。
鏡夜は、この部員の中では一番付き合いやすく──そして優しいと思える人だった。
「「いいなずけェ?鏡夜先輩の!?」」
「はいv宝積寺れんげと申しますv
明日付けで1-Aに転入する事になりましたv」
光と馨の声に、れんげは微笑み頷き返した。
そして告げられたクラスに、光と馨、そしてハルヒは自分たちと同じクラスだという事を確認する。
「まさに一目惚れでございました
誰にも見向きされない裏庭の植物を一人いつくしむ姿に……
傷ついた仔猫に優しく差し伸べたその手に……」
「……誰?」
「「……なんか、まるでイメージ出来ないんですが……」」
れんげの話に、はきょとんとした表情を浮かべ首を傾げた。
そして、光と馨は引きつった表情を浮かべていた。
れんげの話でイメージが出来る方が、凄いと思うのはこの際置いておくとして。
「あの……」
「はい?」
「人違いでは?」
問いかけるハルヒに首を傾げ言葉を待つれんげ。
そんなれんげに向けられた言葉は、誰もが思った事だった。
「「待てハルヒ!!少しは鏡夜先輩に気を使え!!」」
「いや、でも、人違いと思うのは仕方ないんじゃ……?」
突っ込む双子に、ハルヒを肯定する。
人違いだと思いたかったのかもしれない。
には、なぜそう思うのか理解不能だったけれど。
「いいえ!!この目に狂いはありませんわ!!」
けれど、強く激しく間違っていないと主張するれんげ。
……嘘だぁ
引きつった笑みを浮かべ、はれんげを見つめた。
だって、の知る──部員達の知る鏡夜はそんなイメージを持たない。
「誰にでも優しく、それでいて決して見返りを求めたりしない!!
孤独を愛し、だけど本当は寂しがり屋!!」
そんなれんげの言葉に全員は悩んだ。
盛大に、それは誰なのかと。
「そんな、今をときめく恋愛シミュレーションゲーム」
……ん?
「『うきvドキ☆メモリアル』の一条雅くん!!
"に"そっくりなあなた!」
「……はぃ?」
れんげの言葉に、上ずった声を上げたのはだった。
鏡夜のイメージと全然合わないれんげの言葉に悶えていただが、続けられた言葉にネタが分かり溜め息を吐く。
なんだ、鏡夜に惚れてるわけじゃないんだ
苦笑を浮かべ、今の言葉にハタリと思考が止まる。
いいいいい、今のなしなし!
今のなし!
口にしていないのだから、そんな事をいちいち言わなくてもいいのだろうが。
どうしても突っ込まずにはいられなくて。
「なるほど、キャラ萌え系か
萌えキャラに俺を当てはめ婚約者という妄想にまで及んだと……」
「は?鏡夜のいいなずけじゃないの?」
解析を始める鏡夜に、つい突っ込みを入れた。
誰もが聞きたい事だろう。
だって、れんげの話からしたら許嫁だと思うじゃないか。
そして、れんげの前でだけそういう姿を見せるのだと──
「一度たりとも肯定した覚えはないが?」
「……それならそうと、早く言ってよ」
「別に、には関係のないことだろ?」
「そうだけど」
の言葉にツッコミを返す鏡夜の言葉に、口ごもりながらも頷いた。
確かに関係のないことだ。
男が嫌いなら。
いつもの、なら。
「調書によれば鏡夜様はこの部の一切を管理されておられるとか?」
「そーだよぉ 鏡ちゃん、店長さんー」
「店長様!ぴったりですわ!」
光邦の答えに、れんげは掌を合わせて微笑んだ。
頬を染め、店長な鏡夜をイメージして、また微笑む。
「私、お店の看板娘になるのが夢だったんです……!
決めましたわ!!花嫁修業も兼ねて私……ホスト部のマネージャーになります!!」
いらないという光と馨の言葉なんて耳もくれず、勝手に決めたれんげ。
れんげがもしもホスト部のマネージャーになったら……そう考えた環は、慌てて鏡夜に助けを求める視線を向けた。
「彼女は鳳家(うち)の大切な取引先のご令嬢だ
くれぐれも失礼のないように頼む」
「……だそうだ」
鏡夜の言葉を聞き、がっくりと肩を落とした。
そして、最終的に環はその矛先を変えた。
助けを求めるのではなく。
「ハルヒ」
「へっ!?」
突如、環はハルヒの肩に手を置いた。
そして、いきなり踵を返す。
一体何がしたいのか分からず、ハルヒはただ環を見つめることしか出来なかった。
「これもホスト修行だ、ハルヒ!!おとーさんは心を鬼にするぞ!!」
言ってすぐに逃げるように駆け出した。
全ては責任転嫁。
れんげの面倒をみる事が嫌だったのだ。
もちろん、だって嫌なわけだから環が逃げると同時にハルヒから遠ざかっていた。
悪いとは思うけど、巻き添えは食らいたくないし……
心の中で、はハルヒに謝っていた。
「あの……」
「当然ミスれば借金倍増だ」
「そ、そんなぁ〜」
助けを求めるハルヒに、否応なしに突き刺さる厳しい鏡夜の言葉。
to be continued.......................
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れんげの許嫁発言に、が少しでもジェラシーを感じてくれたらなと思ったので、こういう感じに仕上がりました。 じゃないと恋愛としての物語が絶対前進しないと思いまして……(苦笑) で、まだ男は嫌いだけど、鏡夜が付き合いやすくて優しいってのは分かってるから、とられるようで嫌、みたいな。 そこから始まる恋愛もありかなーと思いまして……(*^^)v |
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