別に、ホスト部が好きって訳じゃない。
むしろ、金持ちの考えることは理解できないって思う。

まあ、たまにハルヒに誘われて、その時バイトがないか……あるいは夜バイトの日だったりしたら、行く事もあるけど。
行けばタダで美味しいもの食べられるし。



けど、あたしはあくまで一生徒……ただの大勢のお客の中の一人だよね?
なのに何で、いちいち色んな事に巻き込まれるんだろう……?












イトシイヒト 第八話











「ハルヒくん、ハルヒくんv クリームにお砂糖はもう、入れてよくて?」


「あ……ハイ。チョコレートの方はどうなってますか?」


現在、場所は家庭科室。

鏡夜に抱きついた謎の女子生徒が現れたあと、嫌な予感がしてこっそり帰ったのだが……。
なぜかその鏡夜から呼び出され、現在その女子―――宝積寺れんげと、ハルヒと共にお菓子作りをしていた。



何であたし、ここにいるんだろう……。
………てか、鳳先輩は何であたしのメールアドレス知ってんだろう……。



ハァ、とため息をつきながら、自分が焼いたクッキーを皿に盛り付けていく。
一方では、れんげがチョコレートを溶かすのに直火にかけたり、湯せんのお湯をチョコレートの中に入れたりと、次々とお約束を繰り広げていた。


「馬鹿者!!お前らの目は節穴か!?」


焼き上がった分をハルヒ達のもとへ持っていこうと、皿を抱えて移動しようとして……。
家庭科室の外からいきなりそんな怒声が聞こえて、はぴたりと動きをとめた。


「甘い香りの満ちた室内……焼きたての可愛らしいお菓子たち。そして、仲睦まじい同級生の女子3人!
 全て計算どおり……これはハルヒを乙女に目覚めさせる、一大プロジェクトなのだ!!」


……なにやら、勝手な計画が聞こえる。
なるほど、自分はそのために呼び出されたのか………。

非常にツッコミ所に困るやりとりを目の前にどうしようかと思っていたら、後ろかられんげが歩み寄って来た。


「そう、女の子同士特有の柔らかな空気が、ハルヒに女としての自覚を促し……」


「うるさいわよ、ニセキング」


れんげにすっぱりとそう斬り捨てられ、先ほどまでのキラキラぶりはどこへやら。
環は瞬く間に隅っこで落ち込んでしまった。もちろん、体育座りで。


「鏡夜様v ハルヒくんとさんに、庶民クッキーを教わりましたのv お店に出して頂きたくて……。
 れんげ、お料理なんて初めてだからちょっと怖かったーv」


「そうだな……かなりいい色に焼けてるね」


「そうなの、ヘタクソなの!」


そんな環は完全放置で、れんげが笑顔で鏡夜に差し出しているものは、もはやクッキーと言うよりは平べったい炭の塊と言った方が正しいような代物だ。
一体、どれだけ焼き時間と温度をオーバーすれば、ああまで焦がせるのだろう。


「あれは食べない方がいいと思うんだけど……」


「うん、うちもあれは遠慮したいかな……。で、は何を作ったの?」


独り言のつもりで言った言葉だけど、相槌が返ってくる。
驚いて後ろを向くと、そこには微笑みを浮かべているの姿があった。


「あ、先輩。あたしはナッツ入りのチョコクッキーです。よかったらどうぞ?多分、味は保障しますよ」


「あはは!多分って何だよー。けど、ありがと。いただくね?」


クッキングペーパーにいくつか包んでに手渡すと、も笑顔で受け取ってくれる。
他の人はどうだろう。
1人で食べるのも味気ないし、こういう時は皆で一緒に食べたいが……。


「須王先輩、クッキー食べます?……てか、いつまでヘコんでるんですか」


未だ体育座り続行中の環のもとへ向かい、クッキーの包みを差し出す。
環は驚いた様子で、の顔と差し出されたクッキーを交互に見ていたが……どうやら否定の反応ではないと判断し、彼の手に包みを握らせた。
その事に驚きつつも、嬉しそうな顔を浮かべた事は……すぐに背中を向けてしまったは気付かなかったが。


「ハルヒも食べる?」


「あ、うん。ありがとう。こっちも食べて」


はハルヒに、ハルヒはに、それぞれ自分が作ったクッキーを差し出す。
後ろでは何だか、れんげ作のクッキーに正直な感想をもらしているホスト部の面々と、それにキレているれんげがいるが、それは気にしないでおく。
自分が作ったのも中々の出来だと思うが、ハルヒのジンジャークッキーもかなり美味しかった。
と、その時……


「ハールヒっ♪」


「え?」


「口直しv」


突如常陸院ズが近付いてきて、馨がハルヒのクッキーをぱくりと食べた。
……ハルヒが、今口にくわえていたものを。いわゆる『口移し』の状況で。


「おー、ウマイじゃん♪今度ケーキ作ってよ」


「あれ、ハルヒ。クリームついてる」


さらに今度は、ハルヒの頬についていたクリームを、光がぺろりと舐め取る。
一応異性同士なのに、その行動はどうなのだろうか。
環も見ていたらしく、後ろで声にならない悲鳴を上げている。
が……


「馨、言ってくれれば自分で取るし……光も欲しけりゃ、こっちにあるんだから」


一番苦情を言うべき当の本人は、至って平然とそう言い放った。



……いや、今の行動にそのリアクションはどーなのよ、ハルヒ。



「おおお、お前のリアクションは間違っています!!
 そこは拒絶すべき所であって、軽く流す所では……!何て危なっかしい子なんだ!!」


「セクハラはやめて下さい、キス魔先輩」


「いや、さすがにあたしも、今の反応はどうかと思うんだけど……」


環は相当に必死だし、も今回はさすがに環の意見に賛成なので、一応突っ込んでおいた。
もちろん、それで返ってきた答えは「そうかな?」という、何ともあっさりしたものだったが。

……何だか、本気で彼女の今後が心配になってくる。
あれだけの鈍さでは、いつか誰かに襲われそうだ。


「………ぬるいですわ……総じて、キャラがぬるい!!」


しまいには環が暴れだして騒がしい中、それを切り裂くようにれんげの声が響き渡った。
そう言えばさっきから静かだと思えば……今は何だか、妙に厳しい表情でみんなを見回している。


「あまりに『影』が欠如していますわ。乙女は美男の『トラウマ』に弱いもの!
 そんなバカみたいなノリだけでは飽きられるのも時間の問題………あなた方は鏡夜様のお店を潰す気ですの!?」


「………はい?」

どうも、れんげの言ってる事がイマイチ理解できない。
『影』に『トラウマ』……確かにそういう要素に弱い人は多いが、求められて持つものではないだろう。
むしろそんなもの、実際は持たない方がいいに決まっているのに。


「あの、れんげちゃん……?」


「今日からキャラを一新します!まず、あなた!外見も中身も可愛いだけなら幼児と同じ……
 よって、『可愛い顔して、実は鬼畜』!!」


「ふえぇっ!?」


一応突っ込んでみようかと思って声をかけたが、どうやら聞こえていなかったらしい。
最初のターゲットになった光邦は、れんげの迫力に押されてか泣いている。



……てか、それって人格否定とか名誉棄損とかの話なんじゃ……。



心の中でそう突っ込んで見るものの、実際に声に出さないことには届かない。
……今のれんげには、声に出しても届かないかもしれないが。


「銛之塚先輩!埴之塚先輩に付き従いつつも、その身を案じてる!たまに喋る一言に絶大な重みを!!
 双子はあまりの酷似ぶりに、個別意識されない悩みがある!そしてバスケ部!!
 ハルヒくんは超貧乏な優等生で、イジメにあっている!!」


よくそんなに瞬時に思いつくものだと感心したくなるスピードで、れんげのキャラ改革は進んでいく。
その勢いとテンションに着いていけなくて、誰もが唖然としていた。


先輩!あなたはその女性的な美貌ゆえに、男子生徒に襲われた経験がある!
 それがトラウマとなって男子を恐れるようになり、克服したい思いと恐怖の間で一人苦しみ続けている!!」



……何、その設定……あたしもそーゆー世界は詳しくないけど、マニアックすぎない?



と言うか、実際にいればシャレにならない設定のような気がする。
一体彼女の暴走はどこまで続くのだろうと思いながら、チラリとに視線を送る。
……と……


「……えげつないねー。その設定」


数秒の間を置いて、苦笑を浮かべて呆れたように呟く
けれど……その前、の顔を見たその瞬間は、驚いたような、そしてどこか痛みを伴っているような表情をしていたような。



……気のせい、だろうか……?



「そして環さん!外見ばかりを評価され、実はコンプレックスを抱える学院のアイドル!『孤独な王子』!!」


最後に言い放たれたのは、環の『設定』。
また、明らかに面倒そうと言うか、ウザさが増しそうな設定だが……環本人は何故か気に入ったらしい。
『ぴったりだ……』と呟きながら、妙に感心していた。

ちなみに、あとは鏡夜が残っているが、れんげ曰く『鏡夜様は完璧』『いつまでも慈愛で満ちたあなたでいて』らしい。
……それが一番間違っていると思うのは、気のせいだろうか。
と言うか、彼のどこに『慈愛に満ちた』なんて言葉が当てはまるのか問い詰めたい。


「「鏡夜先輩さぁ……。どーにかしてよ、あの姫」」


「さて……?世話はハルヒに一任してあるしな?」


「え゛……」


「それにほら、部長が乗り気だ」


絶句しているハルヒはさらりと無視しつつ、環がいる方を指差す。
そこには『孤独な王子』と言う要素が気に入ったのか、ポーズの練習に勤しむ環の姿があった。



………ねえ、あたしもう帰っていい?



心底、これ以上この状況に関わりたくない。
と言うか、ホスト部のゴタゴタに部外者の自分を巻き込まないで欲しいのだが……


「まあ、様子を見ようじゃないか。面白い事になるよ……多分ね?」


鏡夜は一人、何か裏がありそうな顔で微笑む。
その黒い笑みに、全員妙な悪寒が走ったのは言うまでもない。











「きゃあああっ!さすがは常陸院様、桜蘭のエース!今決めたのは光くん?馨くん?」


「どっちでもいいわ、どっちも素敵!」


……今日も、いつもと同じ声援が飛び交う。
『どっちでもいい』……ウンザリするくらい聞いてきた、その言葉が。

誰も、僕達一人ひとりを見てはくれない……。


「馨ッ……!!」


「担架を……!すぐに医務室へ!」


「光……落ち着くんだ。僕の痛みを感じ取っちゃいけない。いいな……?怪我してるのは、お前じゃない……」


「馨……無理だ、痛い………痛いよ、馨……!!」


どんなに我慢しても、涙がこぼれる。心も体も、痛い。
お前の痛みは、僕の痛み……。

誰に理解されなくてもいい。
僕らは、お互いさえいれば生きていけるから――――。








「………君達が羨ましいな……そんな風に、支え合える相手がいて……」


ひとりだけどふたり。ふたりだけどひとり。
そう言えるほどに理解しあい、心から支えあっている2人。

泣きたいほどに、羨ましい存在……。


「須王先輩……。でも、須王先輩は学園のアイドルで……」


「アイドル……か。そんなうわべだけの称号でもてはやされるくらいなら………きっと、1人の方がマシだ―――……」


冷たい雨が、心までも冷やしていく。
そんなものはいらない。そんな称号なんて、欲しくない。

だって、それは所詮……本当の自分を見てくれない事の証でしかないのだから……。








先輩……」


「やあ、君か……みっともない所を見られちゃったね……」


自分は、ちゃんと笑えているだろうか。
真っ暗な一人きりの迷路の中、それすらも忘れてしまった気がする。


「ふふっ……情けないよね?
 うちの心は、そう望んでるはずなのに……体がそれを許してくれない。……近づけないんだ」


「……………」


「笑っちゃうよ。あまりに馬鹿馬鹿しくて………苦しくて……」


きっと誰も理解できない、この苦しみ。

この体は……いつから、自分の言うことを聞いてくれなくなってしまったのだろう。
いつから……恐怖に負けてしまったのだろう。








「もう逃げられないよ、貧乏人。僕に逆らうとどうなるか、覚えておくんだね?」


追われる者と、追う者。
傷つけられる者と、傷つく者。

だけど……それは、最後には……。


「……よせ、光邦……。人を傷つけるたび苦しむのは、結局おまえ自身……」


「僕に意見するな、崇。またお仕置きされたいか?」


「………………」


「僕は……身分不相応な奴が大嫌いなんだよ」


見下ろす。見上げる。
心のどこかではわかっていても……もう、止まらない。








傷ついた心と心が交差する。

すれ違い、傷つけあう少年たちの心の闇とは……?


やがて彼らを待つ結末とは、救いの光か。

それとも――――









「わああああん!!ハルちゃん、ごめんねぇ〜〜〜!!もうヒドイ事しないよう〜!」


「カ――――ット!!そこ、台本通りにやれェ!!!」


泣きながらハルヒに飛びついた光邦に、即座にれんげの喝が飛んだ。
その言葉で一気に場の緊張が解けたと言うか、空気が変わる。


「何度言えばわかるんですの!?第一、棒読みもいいとこですわ!!カメラ一旦止めて!!雨、もっと切なげに!!」


「イエス、ボス!」


れんげの指示に、撮影隊の面々は即座に頷いた。
何故か今は、キャラ改革から短編映画撮影ににまで状況がグレードアップ……もとい、悪化している。
れんげ本人と、エキストラで出演した女子生徒は楽しそうだが、主役であるホスト部の面々は未だに唖然としていた。



この人達一体、何してんだろう……。
……って言うか、あたしが一体何してんだろう……。



そして、同じくエキストラとして出演させられたは、どこか遠い目であらぬ場所を見つめている。
自分は一体、何をやってるんだろう……と。


「あ、ひ………ちゃん!」


ふと、何だか妙に嬉々として、びしょ濡れのままの環がのもとに向かってくる。
何度も拒否して来た『姫』という呼び名は、ようやくやめる気になってくれたらしい。


「須王先輩……。ちゃんと拭かないと風邪引きますよ?」


「どうだった?俺の演技力は!」


「どう、って言われたら……『見事でした』としか言いようがないくらい凄かったですけど」


環にタオルを手渡しながら、一応思った事をそのまま言う。
環の演技力は、素人目の判断だが俳優並に凄かった。
と言うかそれ以前に、あそこまで自分の世界に浸れるのが凄い。違う意味で。


「そうか、気に入ってくれたか!俺は自分の新たな一面を発見した……
 どうかな、ちゃん?しばらくはこんな路線の俺は……」


「いやいやいや必要ないです。先輩は今のままで十分ですから!」


不吉な事を言われそうな気がして、環が全部言い終わる前にその提案を却下する。
あと、ついでに言うと『凄かった』とは言ったが『気に入った』とは一言も言っていない。


「え……そ、そうかな……?」


「はい。むしろ、変わらないで下さい。須王先輩は須王先輩のままでいいと思います」


ただでさえ変人一歩手前でウザイ人なのに、これ以上余計なオプションを付けられたらたまったものではない。
今はまだ、一緒にいても疲れるけど楽しいと思えるが……そんな日には近付く気すらなくなる。


「そう、か……俺は俺のままで……。うん、君がそう言うなら」


少しだけ顔を赤くして、微笑みながらを見下ろし、そう呟く環。
その顔は、何だか妙に嬉しそうだ。

別に褒めたつもりは全くなかったのだが……本人がそう受け取ったのならそれはそれで良しとしておこう。
良くも悪くも、今のままでいて欲しいと思っているのは本当なのだし。

―――ガシャンッ……!!

妙に和やかになりかけた空気は、近くから聞こえて来たその音によって一瞬で変わった。
大きなものが、何かに勢いよくぶつかったような音……。


「今の音は……?」


「さっき、ハルヒとれんげくんが向かった方向から……!?」


言うが早いか、環はその音がした場所に向かって一目散に駆け出した。
もまた、何事か確かめたい思いでその後を追う。

さほど離れた場所でもないので、ちょっと走ればすぐに現場にたどり着き、そして……


「ハルヒ!何だ今の……」


「げ、須王!?」


角を曲がって現場にたどり着くと、そこは思ったよりも緊迫した状況になっていた。
見知らぬ2人の男子生徒と、機材の傍でうずくまって涙を流すハルヒ。その横にはれんげの姿もある。

状況だけを見れば……ハルヒが男子生徒に何かされた、と考えるのが妥当か。


「……ッ!?お前達……」


背筋が凍るほど、低い声。
驚いて無意識に環を見上げると、いつもの彼からは想像もつかないような、怒りに満ちた鋭い瞳をしていた。
切れ味鋭いナイフのような……鋭利な瞳。

ぞくり……と、体に『何か』が走る。
同時に頭の中に一瞬だけ流れる、おぼろげなビジョン。



鋭い瞳。握りしめられた拳。

知っている。
この顔……この瞳。

誰かを殴ろうとしている者の、顔……。



「……ッ……!!須王先輩、やめて!!ストップ!!」


思うよりも先に、体が動く。
彼らに向かって走り出し、拳を振り上げかけた環の背中に、は思い切りしがみついた。
もちろん、その時点で環の動きも止まる。


ちゃん!?何を……!だって、あいつらはハルヒを!」


「それでも、ダメ!!お願いだから、殴らないで……!須王先輩がそんな事しないで!!」


そんな、『誰かを傷つける』瞳をして欲しくない。
その手で、人を痛めつけて欲しくない。

ウザイし、変な人だし、一緒にいると疲れる事もあるけど……いつも優しくて、誰かを包み込んでくれる温かい人。
そんな環が暴力を振るう所なんて、見たくない。



……嫌だ。

その目をしないで……手を振り上げないで……!



「お願い……なぐらないで……!」


必死に力をこめて環にしがみつく。
所詮は女子の力、環ならば簡単に振りほどけるが……それでも、環はそうはしなかった。
むしろ逆に、ただじっとの言葉を聞き……体に回されている小さな手に、そっと自分の手を重ねた。

それは覚えのある、優しい彼のぬくもり。
もう大丈夫だ……と、そう言っているような。


「……ハルヒに何をした。手ェ出したのはどっちだ?」


今度はその場から動かずに、男子生徒たちに向かって問いかける。
その声には怒りはあれど、落ち着いている。さっきのような雰囲気はもうない。

ホッと安堵の息をついて、は環から離れた。


「べ、別に俺らはそんなつもりじゃ……!」


「じゃあ、何でハルヒが泣いてるんだ?
 ……状況次第じゃ、タダじゃおかない。2人揃って退学にさせてやろうか?」


「なっ!?ちょっと待てよ!先に絡んできたのはそっち……!!」


どうも彼らにも言い分はあるらしいが、どこから現れたのか、背後に佇む崇に迫力負けして。
さらには、棒読み口調で「「せんせー、D組の人達がコワーイ」」などと言う双子の声に不利を悟り、そのまま逃げていった。

彼らがいなくなると、環はそのままハルヒに駆け寄り……はただ、それを見送る。



……なんで、あんな事を言ったのだろう?
ハルヒは友達なのに。
本当にあいつらに何かされたなら、一発やり返してもバチは当たらないだろうに。

けれど……それでも嫌だった。
環が、誰かを殴るなんて瞬間を見るのは。
あの手で、誰かを痛めつけるところを見るのは……。

あたし……まさか、まだ……?

……いや、違う。そんなんじゃない。
だって、あたしはもう……。



ぎゅ、と手のひらを握りしめる。

環たちの方に目をやると、ハルヒはホッとしたように笑っていて、逆に環は呆然としていた。
……何があったのだろうか。


「カメラ!押さえまして!?今の流れ!!これよ……まさに理想的ですわ!あとはラストに、鏡夜様の感動的な……」


『理想的シチュエーション』に興奮したようなれんげの声。
……が、その言葉が最後まで終わらないうちに、突如響いた破壊音によって中断された。
ガラスが割れるような、あまり重くない音。


「え……」


「申し訳ないが、未遂に終わったはいえ、部員が暴力行為に及びかけた場面を記録に残す訳にはいかないんでね。
 こういう迷惑のかけられ方は、非常に不愉快だ」


カメラのレンズを叩き割った石を右手に持ったまま、鏡夜は冷たい瞳でそう告げる。
それは、あからさまな『拒絶』。

凍てつくような瞳で射抜かれ、自分の思いの全てを否定され……れんげはその大きな瞳に涙を浮かべた。


「なんでぇ……?鏡様なら『気にしなくていいよ』って……優しく頭を撫でてくれて………鏡夜様なら……!」


自分の中の『理想の鏡夜』と、今れんげを見据えている『本物の鏡夜』。
その2つのあまりの違いに、打ちひしがれる思いなのだろう。
ぽろぽろと、とどまる事なく涙が溢れている。


「や、でも、そんなの鏡夜じゃないし」


思いほのか優しい口調でそう言ったのは、環だ。
その顔には、微笑が浮かんでいる。


「まー、いいけどね。意外と面白かったし」


「ねーv」


「好きになる理由なんか、人それぞれだけどさ」


「ちゃんと『人』を見て、少しずつ知っていくのも楽しいと思うよ?」


「何事も一つ一つ学んでいけばいい、ってね」


そして環に続いてホスト部の面々も一人ひとり、れんげに言葉を送る。
何だか嵐のような放課後だったし、散々振り回されもしたが、彼らにれんげを責めるつもりなどない。
その穏やかな表情は、確かにそう言っていた。

そしてれんげもまた、そんな彼らの笑顔を一つ一つ……受け取った。


「……ご迷惑、おかけしました……」








後に『れんげ事件』としてホスト部の笑い話になっていく騒ぎは、そうして終結した。

そして、あの時に撮影された短編映画は、鏡夜の手によってDVDに再編集され、お客様たちに売られているらしい。
さらに、今回の過程でれんげがハルヒに惚れてしまい、その事で環がまた大騒ぎしたり。

一方のは、鏡夜から『今回の協力に対する礼』としてお菓子がたんまり送られてきたので、それで満足したようだ。

ほんの少し……忘れかけていたものを、思い出しはしたけれど。










to be continued....................




長い……!!(汗)
これでも結構削ったんですが、嫌になるほど長くなってしまいました^^;

れんげ編の後半でしたー!
ハルヒのポジションにはヒロインに入ってもらいましたので、環×ハルヒ派の方、ごめんなさい;
あと、環が殴りかかるシーンではちょっとだけ、ヒロインの内部が書けた……かな?
あちこちに伏線張りつつ、じわじわ出していきます(^皿^)

ちなみに鏡夜が言う『協力』は映画撮影に対してじゃなくて、環が殴りかかるのを止めた事に対して、です。
おかげで環の暴力行為を防げたから、珍しい事に奮発してくれました(笑)






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