思いだしたくない事なんて、誰にでもあって当然の事。

いつまでも引きずっていないで、さっさと振り切って前に進もう。



これは、一体なんの言葉だっただろう……














イトシイヒト 第九話














「……何?」


授業と授業の合間の休み時間。
環がじっとを見ていた。

何なんだと、大きく溜め息を吐き──そして視線を上げて、問いかけた。


「……な、何でもないぞ」


「……っていう視線をしてないと思うんだけど?」


視線を逸らしつつも、チラリチラリとに視線を送る環。
いい加減うざったいと言わんばかりに、は盛大な溜め息を吐いた。

そして、思い当たるのは──先日のれんげ事件。


の事?もしかして」


肩を竦め、ズバリ問いかけた。
すると、明らかにその通りだと言わんばかりの表情をする環には内心笑ってしまう。


「気になるなら、自分で聞けばいいじゃん」


「バッ!聞けるわけがないだろう!」


「じゃあ、聞くな」


「──っ!!!」


聞けずにウジウジしている環に、突っ込む



聞けないなら聞かなきゃいいじゃん
言いたいなら、きっと言ってきてくれるだろうし……



この間の様子からして、何かある事は一目瞭然だった。
それでも、言いたくないならきっと言ってこないだろうという事は予想はつく。
つまり、その逆……伝えたい、言いたいと思うことがあるなら接触があるはずだ。


「こういう事は本人の問題だと、うちは思うよ」


酷な事を言っているという事は、は分かっていた。
普通ならば『どうしたの?』とか『大丈夫?』とか気にかけてしまうだろう。

それを、こうやって突っぱねて何もしない、手を差し出さない。


「……んじゃ」


言い終わると、その場から離れようと"いつものように"は席を立った。

ぱしっ。


「……何?」


そんなの手を、環が掴んだ。


「どうして、そんなに突っぱねられるんだ?」


「……同情しろって言うわけ?
 確かにそれは優しさだし、慰めにも一時的に忘れさせる事だって可能だと思うよ
 でも、それで何になる?」


問いかける環に、は淡々と問いかけた。
掴まれた環の腕を振り払い、じっと見上げる。



まだ……大丈夫



ドクンドクンと脈打ち始める心臓を気にしないようにして、は言葉を続けた。


「前に進める?立ち直れる?頑張れる?」


表面上はきっと出来る。
虚勢を張って、蓋をして、忘れたようにふるまえる。

でも、それはいつか出てきてしまう感情が奥底に眠っているという証拠だ。


「思いだしたくない事なんて、誰にでもあるよ
 うちにだって、にだって……もちろん、環、あんたにだって」


だから気付かないフリをする。
だから知らないフリをする。
誰にも話さず、なかった事にする。

蓋を開けて出てくるまで……見て見ぬフリをする。


「いつまでも引きずっていないで、さっさと振り切って前に進まなきゃいけない
 でも、それが出来るのは周りの力じゃない 自分自身の力だよ」


周りが助けたって、自分で乗り越えなきゃ意味がない。



ははは……
まるで、うちの事みたいだね



その言葉は誰に対しての言葉だったのか。
まるで自身に向けた言葉のようでもあって。


「それじゃ、本当に行くよ」


「それは、ほっとく理由にはならん!」


「っ!!!」


くるりと踵を返したの腕をぐっと強く掴み、振り返らせた。

強い力。
強い腕。
強い手。
振り向いた先にある──鋭い眼光。
耳にとどろく、環の叫び声。

そのすべてに、恐怖が込みあがる。
は息を呑み、環の腕を力いっぱい振り払った。


「……?」


「触……るな」


震える腕をもう片方の手で掴み、環を睨みつけつつ距離を取った。


「男がうちに触れんな」


……」


「くるな……」


後ずさるに、心配げな表情を浮かべ近づく環。
そんな環に対し、は腰を抜かしその場に座り込んでしまった。



みんなが……見てる
絶対、変に思われる……
こんな、こんな……



伸びる手。
近づく距離。

見たくなくて、は目を閉じ両手で頭を抱えた。


「来るなっ!!」


そう叫んだのと同時に、呼吸が浅くなり呼吸がままならなくなり始めた。
目の前は回り、身体が宙を浮いているような変な浮遊感を覚えた。

その時、環はの言葉を思い出していた。


……同情しろって言うわけ?
 確かにそれは優しさだし、慰めにも一時的に忘れさせる事だって可能だと思うよ
 でも、それで何になる?



前に進める?立ち直れる?頑張れる?


思いだしたくない事なんて、誰にでもあるよ
 うちにだって──



「それを振り切って、前に進めるのは……自分自身の力、だけ……」


ポツリと、環は小さく呟いた。
先ほどから聞いた言葉だった。


「環」


「あ……鏡夜」


ため息交じりの鏡夜の声が聞こえ、環は視線を向けた。


さんが心配なのは分かるが、の事も少しは考えてやることだな」


そう忠告すると、鏡夜は「悪いな」と一言告げてからを背負った。
その時、少しの違和感を鏡夜は感じた。
それが何かとは言えなかったけれど、何かが違う──何かが変だと、第六感が働いた。


「いいよ、鏡夜 うちより……の事を気にして、全然いい
 だって……やっぱり様子が、おかしかったから……気になるのは、当然だから」


を背負って保健室へ向かう鏡夜の背中から、途切れ途切れなの声が環に掛った。



自分がほっといてほしいからって、もそうだとは限らないよね……
ごめん……押しつけがましい事を言って
だから……気にしてあげて



自身がそうだからと言って、全員が全員そうとは限らない。
ギュッと鏡夜の肩の制服を掴み、は内心そう思った。










「大丈夫か?」


「……心配かけてごめん もう、平気」


そう入っても、現在は保健室のベッドの中だ。
大事を取って、ここで休んでいくように──との保険医の先生のお達しだった。


「どうせ、あと一時間だけだし、授業 そしたら、部活なわけだし」


大人しくここで休んどく、とは笑った。


「あ、鏡夜」


「なんだ?」


「環に謝っといて?押しつけがましい事いってごめんって」


「……なんだ、そんなことか」


そう言いながらも、鏡夜はの願いを承諾してくれた。
軽く手を振りながら、保健室のドアへ向かう。


「また、あとで」


のその言葉を最後に、保健室のドアは静かにしまった。
そして、あと耳に届くのは──徐々に小さくなる靴音だけだ。



……ありがとう、鏡夜
助けてくれて、連れてきてくれて……お願い、聞いてくれて



そう心の中でお礼を言いながら、は瞳を閉じた。
すると、スッと意識は闇へと落ちて行った。









to be continued...................





あの後の環、教室でどんな目に会ったんでしょうか(笑)
きっと大変だったかもしれないですよね。
ということで、を気にする環に釘を刺しつつ自滅するでした(>皿<)

ちなみに、は大きくもなく小さくもない胸をお持ちなので、サラシ巻いてます。
ので、なんか違和感ぽいものを──的な感じに(^_-)-☆






イトシイヒトに戻る