「いやだ……いや……」


真っ暗な闇の中、無数の赤い手が伸びてくる。
は必死にその手から逃れようと駆けていた。
何度も何度も振り返り、その手が届かないように必死に。


「無駄無駄 人間ごときが私の腕から逃れられるわけないだろう?」


非道な声が聞こえてくる。
気づけば、赤い手はの腕をしっかりと捕まえていた。



いつの間に……?



ゾワリ……

悪寒が背筋を駆け上がった。


「いや……い、や…………」


「小癪な真似を……人間風情がッ!!!」


震えるを前に、赤い手が力を込めての首を絞めてきた。
息が出来ず、目の前が霞む。



私の首をつかんでるのは……誰?



見ようと思うのに、見れない顔。
赤い手の先にある顔が、霞んでよく見えない。

分かるのは、長髪の女性ということだけだった。


「もういい……足手まといな人間など、いらん」


その言葉がには恐ろしく感じた。
身体中が恐怖で満たされる。


「さようなら、私のご飯」


その言葉を聴いた瞬間、は意識を無意識に遠のかせた。
弾くように、意識を光の方へ引っ張った。

これ以上、見てはいけないと言わんばかりに。


「────……ちっ」


そのさなか、かすかに聞こえた舌打ちはいったいなんだったのか。













RECOLLECT 第十四話













「────ッ!!」


さん?」


ハッと、いきなりは目を開いた。
普通ならば恐ろしい目覚め方だが、の様子が尋常ではなかったからかゼロスは名前を呼び首を傾げた。


「……ゼロス いつから、そこに?」


肩で息を整えながら、そこにいるゼロスには問い掛けた。
寝るときは、確かにそこに誰もいなかったはず。

リナは、隣のベッドでスヤスヤと静かな寝息を立てて眠っていた。


「いえ……少し、不安定な波動を感じたもので」


そういうものなのだろうか、とは首を傾げた。
そうじゃなかったとしても、そうだったとしても、の異変を感じ取ったことには変わりない。


「……ごめん」


「え?」


「私が……誰なのかわからなくて」


ポツリと小さく、は自分のうちにある不安を言葉にした。

の正体が分からないからこそ、自身も不安で、そして周りのみんなも不安になる。
正体が分かれば万事OKな事が解決できず、は少しだけもどかしさを感じていた。



何で私はこうなんだろう……



「早く────……ですか?」


「え?」


考え事をしていたの耳に、かすかに届いたゼロスの声。
それはすべて聞き取れなくて、聞き返す羽目になった。


「早く記憶を取り戻したいですか?」


どくんっ

鼓動が高く脈を打った。
急かすように。
促すように。
その脈動につられて、今すぐに大きく頷いてしまいたいほどだった。


「……怖い、けど……取り戻さなきゃいけないと思う」


取り戻したいと言うのではなく、取り戻さなきゃいけないと言った。
その表情はとても真剣そのものだった。



取り戻さなきゃ、きっと何も変わらない……
変な声に悩まされて、変な夢に魘されて、自分が誰なのかっていう疑問におびえる日々
そんなの……私は嫌だよ



「なら、


突如あがった第三者の声に、は驚いた。
ともにいたゼロスは一向に驚く様子はなく、まるで知っていたかのような反応をした。


「え、リリリリ、リナ!?」


「危ない選択かもしれないわ それでもがいいと言うのなら……クレスケレスに直行する?」


驚くをよそに、リナは問い掛けを投げた。
その問いに、は口ごもる。

あの魔族が襲ってくるかもしれないから遠回りを────……そういう話だった。
それを投げ捨て、の記憶を取り戻すことを先決しようというのだ。


「……で、でもっ」


「あたしは平気よ?伊達に魔族とやり合ってきたわけじゃないわ」


ただ面倒だっただけ、とリナは笑った。
ムクッと布団から這い出て、寝起きの笑顔を向けた。


「…………」


はどうしたいの?」


「…………っ」


リナの問いかけに、は言葉に詰まった。

正直なところ、逃げてしまいたいとまでは思っていた。
それでも、それが解決策になるはずもなく、ただの先延ばしでしかない。


「……私は……」


「うん」


言葉を選ぶ
リナは頷くだけで、ほかは何も言わず言葉を待ってくれていた。


「……早く、記憶を取り戻したい こんな不安なのは……嫌だよ」


うちにある何かに目覚めつつある
夢は徐々にリアルなものへと移り変わっていっていて。

だからこそ、時間とともに消えるであろう不安は時間とともに深く抉れていく。


「なら────」


「決定ですね クレスケレスに直行しましょう」


リナの言葉をつなげるように、ゼロスが言い切った。


「……リナ、ゼロス」


「うん?」


「はい?」


の声に、リナもゼロスも一度顔を見合わせてから首を傾げた。


「…………」


「……どうしたんですか?」


声を掛けながら、一向に何も言葉を発さない
ゼロスは不思議そうな視線を向けてから、覗き込むように体勢を低くしの瞳を見つめた。


「…………っ」


その瞳は不安でいっぱいいっぱいで、揺ら揺らと揺れていた。
不安の色で、瞳は覆いつくされていた。


「私達は……仲間だよね?何があっても……友達だよね?」


ドキドキと鼓動が脈打つ。


「当然でしょ!?何言ってんのよ、


バシッ

リナが突っ込みといわんばかりに、の肩を叩く。
高らかに笑いながら。
の言葉を笑い飛ばすように。


「────……うん、そう……だよね」



なら、なんなんだろう?
この……胸を駆り立てる不安は……



ぎゅっと拳を握り締めた。
仲間だと言ってくれているのに、なぜ不安はぬぐえない。


さん、心配する必要ありませんよ ドラマタと評されるリナさんがいるんですからね」


「ちょっ!ゼロス!それどういう意味!?」


いけしゃあしゃあと言い放つゼロスに、リナは怒りの声を上げた。
けれど、その声も今は明るいものに変わりつつある。


「……うん いつまでも……友達、仲間」


にっこりと微笑んで言う
その笑みが無理に作っていることを、ゼロスはすぐに見抜いた。

だから、視線で部屋を出て行くようにとリナを促した。
それに気づいたリナは一つ頷くと、へと視線を向けた。


「それじゃ、あたしはこれからガウリイ達に今の話をしてくるわね」


そういうと、ヒラヒラと手を振り部屋をあとにした。


「あっ だったら私も────」


「リナさんに任せておきましょう それよりも、さんは少し休んだほうがいいんじゃありませんか?」


立ち上がろうとするの肩を押さえ、押しとどめる。
そして、無理をする瞳をまっすぐ見つめ問い掛けた。

どきり

図星に胸が痛くなる。
見つめられる視線が、熱い。


「……どうして、ゼロスはそんなこと分かるの?」


「……僕がさんを見ているからですよ」


気になるのは、いつも見てのことを知っているから。
気になるのは、いつものことを目で追ってしまうから。
なぜ、知りたがるのか。
なぜ、目で追ってしまうのか。
それはつまり、気になるからで。
そして、それはつまり、好きだから。


「魔族の僕がこんな感情を持つのは不思議な話ですが……僕はさんが好きですよ
 殺してしまいたいくらいに……同じ魔族に落としたくなるくらいに……僕のものにして、誰の目にもさらしたくないくらいに」


瞳を細め、ゼロスの瞳には危なげな色が灯された。


「…………」


「だから、安心してください 僕は決してさんと敵対なんてしませんから」


にっこりと微笑み、を安心させようとする。
けれど、それは不安を煽るばかりだった。


「────……ゼロス 本当に?」


細く、太く、低く。
の問いかけの言葉が、口を割って出てきた。













to be continued.....................




急展開w
やっぱりクレスケレスに直行することになった一行。
そして、ゼロスの告白……いや、展開速すぎだろ。(笑)
そう思いつつも、やめられない展開w






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