「う……ん……」


朝のまぶしさ────はなかった。
まだ明けきらない、そんな朝だった。


「おはようございます、さん」


その声で、の意識は完全に覚醒した。
目が覚め、二つの瞳でベッドに腰掛ける黒いシルエットを見つめた。


「────ゼ、ゼロスッ」


驚くの言葉に、ゼロスは満足そうに微笑んだ。
いつもの微笑みにまして、嬉しそうに見えるほどに。










RECOLLECT 第十六話










「そろそろ起こしたほうがいいかと思ったんで、ちょっとお邪魔しちゃいました」


「『お邪魔しちゃいました』じゃないって!!」


寝顔を見られていたことも恥ずかしかった。
けれど、何よりも目覚めたときに間近に異性が居た────ということに、恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。


「それより……早く用意してくださいね?じゃないと、出発するのが遅くなっちゃいますので」


「分かったから、とりあえず部屋を出て行って!!」


「おやおや、このままここに居ては駄目ですか?」


「当たり前!!」


「仕方ありませんねぇ」


そんなやり取りを交わし、ゼロスはようやく潔く部屋から姿を消してくれた。
魔族らしい、空間を渡るという方法で。


「……はあ さてと、さっさと用意しないと」


呟き、は寝巻きに手を掛けた。


「みんなを待たせるわけにもいかないしね……」


バサッ

呟きと同時に、寝巻きを脱ぎ捨てる。
それをたたんでベッドの上に置くと、今度はテーブル脇にたたんで置いておいた普段着に手を伸ばした。


「ああ、さん 今リナさん達が下で食事を取っているので────」


「ちょっ!まっ……ゼロスっ!!」


着替え途中で部屋の中に現れたゼロス。
は顔を真っ赤に染め上げ、普段着を身体を隠す布代わりに胸の前で抱いた。


「おや……」


小さく呟きながら、ゼロスは閉じられていた瞳を開きマジマジとを見つめた。


「何見てんの!?早く出てってば!!」


そのままその場にしゃがみ込む。
裸ではない。
けれど、素肌を見られるというのは年頃の女の子には恥ずかしいことこの上ないのだ。


「まぁ……さんがそう仰るならそうしますが
 ああ、なるべく急いだほうがいいですよ?食事、リナさん達に食べられちゃいますから」


笑いながら告げ、ゼロスは再度姿を虚空に消した。
以外、存在しなくなった部屋。


「……ハァ」


一つ溜め息を吐くと、は服を抱きしめていた腕の力を抜いた。



顔が熱い……



火照った頬はなかなか熱を引いてくれなかった。











「ごちそうさま」


両手を合わせ、小さく一言。
あの後、急いで着替えたは一階で食事中のリナ達と合流した。

リナは慌てるに笑いながら『そんなに慌てなくてもの分は残しておくわよ』と言っていた。
しかし、が一番慌てていたのはそんな事ではなかったのだ。



のんびりしてて、また部屋にゼロスが忍び込んできたら大変だもんね……



それがの一番の気がかりだったのだ。
"着替え中に進入された"という出来事が、をそうさせたのだ。


「あれ?ゼロスは?」


ふと、ゼロスの姿がないことに気付いたはあたりを見渡し問い掛けた。


「ゼロスなら外に居るわよ?あたし達の食事を見てるとお腹いっぱいになるから、外で待ってるって言ってたわ」


持っていたフォークとナイフを皿の上に置き、リナは答えた。
チラリと宿の外に視線を向けながら。

リナの言葉を聞くと、ゼロスが今にも言ったような錯覚を起こしたように声が聞こえてくる。


「……なんか、納得できるかも」


「え?」


ゼロスの言い残した言葉に、は頷いた。
確かに、一般人の食べる量と比べればリナもガウリイも結構な量を食べる。
それを見ていれば、見ている方がお腹がいっぱいになってしまう。

下手をすれば、気持ち悪くなる場合だってある。


「ゼロスが言ってたって言葉 確かに、リナ達の食べっぷりは見ててお腹いっぱいになるもん」


苦笑を浮かべた。
コクコクと頷きながら、は何度もゼロスの言葉に同意した。


「随分とゼロスの肩を持つのね」


「へ?」


「そうですよね ゼロスさんの言葉に同意するなんて」


冗談半分に呟くリナとアメリア。
その言葉に、は真面目に驚きオドオドする。
特に、ゼロスの肩を持ったつもりはなかったのだ。

ただ、『好きだ』と言われたから気になり、気にしてしまう。


「べ、別にそんなつもりじゃ……」





「うん?」


「リナとアメリアはからかっているだけだ 真面目に受け答えると疲れるのはお前だ」


困ったようなに、ゼルガディスが助け舟を出した。
飲んでいたカップをその場に置き、チラリとに視線を向けた。


「あ……」


言われて初めて気付く。
確かに、リナもアメリアもそういう部分があったかもしれない。
といっても、アメリアの場合はただリナに触発されただけかもしれないが。


「リナァー!アメリアァー!」


「あははは ごめんごめん」


「すみません、さん」


頬を膨らませるに、笑い声を上げるリナとアメリア。
そして、和やかな空気が流れた。











「折角、余裕を見てなるべく早く────と案を出したんですけどねぇ」


呟き、空を見上げるゼロス。
空は青く、早朝と言うには少しばかり時間が過ぎてしまっていた。


「予定は予定よ、ゼロス」


「リナさんには本当に敵いませんねぇ」


肩をすくめ、眉尻を下げる。
自然に囲まれた、次の町へ向かうための街道から少し離れた場所にリナ達は居た。


「でも、本当にこっちで大丈夫なの?街道から逸れてるし……」


街道を歩けば、自然と町へ着く。
なのにリナ達はその街道を選ばなかった。


「ああ……そのことね」


「この道の方が近道だった、というだけだ」


の問い掛けに納得するように笑うリナ。
そんなリナの代わりにゼルガディスが答えた。


「近道?」


「はい 回り道をする街道より、まっすぐ進める森の中の方が近いんですよ」


アメリアがそんな風に笑いながら、街道の方向と進むべき方向を指差した。
確かに、街道を行くよりかは幾分か早く町へ到着しそうな雰囲気はあった。


「確かに、道は悪くても進めないわけじゃないしな〜」


うんうんと、アメリアの言葉に頷くガウリイ。
そう言葉に出来るのは野生の勘からだろうか。


「リナを狙った魔族……現れないままクレスケレスに入れるといいね」


「本当よね まあ、ゼロスが居るからまだマシだろうけど……面倒ごとは避けたいわ」


ここで現れてしまえば、リナ達が襲われた時に居なかったとゼロスも巻き添えを食らう。
魔族であり、そして強固な実力を持つゼロスが居れば百人力ではるのだけれど。


現れるはずがないだろう


「────っ」


キィィィン……

耳に響く声は、以前にも聞こえた声。
嫌に胸が騒ぎ、息を呑む。


さん?」


立ち止まり、両手で耳を押さえるの顔を覗き込むゼロス。
いつもは閉じられた瞳が、うっすらと開きを見つめていた。


「う、ううん……何でもない」


ただの空耳、聞き間違いだと言い聞かせ首を左右に振った。


いい加減、そろそろ気付いたらどうだい?私の存在に……


ゾワゾワゾワッ

悪寒が背筋を駆け上がる。
ブンブンと力強く首を振り、声を遠のかせようとする。
けれど、決して離れることはなかった。


さん?」


「……早く、行こうっ」


近くに居たゼロスの手を取った。
不思議と安心する心と、それに呼応するように聞こえなくなる声。


「ええ、そうですね」


の言葉にゼロスはわけが分からないままに頷いた。



早く……
早く早く早く────ッ










to be continued...................




ようやく出発、の前にちょっとしたゼロスとのハプニングを……と。






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